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タイ:繊維を通じて山岳民族に色とりどりの未来を紡ぐ(前)

~タイ北部の少数民族はより明るい未来を切り開くために、製織技術を活用

 

若いタイ人女性にとって、結婚に向けて織り方を学ぶのはおそらく自然なことであった。

「もし織り方を学ばなければ、私と結婚してくれる男性など現れないだろう、と私の母は言っていました。」と50年以上前にチェンライ郊外の村で過ごした幼少期を思い出しながら、Kham Takhamchingさんは言った。

当時タイにあった多くの少数民族同様、Khamさんは道路や電気、清潔な水もないような貧しい小さな村に住んでいた。彼女の村の誰もが生きるのに精いっぱいで、焼畑やアヘン畑で生計を立てていた。

「私は12セントの報酬で、農場で働いていました。」とKhamさんは言った。「当時の村の人々は、ニワトリとブタを育てながら、アヘン、コメ、トウモロコシを栽培することだけしか知りませんでした。」

Khamさんの母親が、いつ娘に織物を覚えるように仕向けたのかは分からないが、彼女の言葉は後に、娘が貧困から脱出し、王室が後援する著名な織物センターにおいて尊敬される教え手になるための大きな助けとなった。

現在3人の母親であるKhamさんは、織物とタイのシーナカリン王太后がご発案された Doi Tung開発プロジェクトの手工芸トレーニングセンターで教えることによって、安定した収入を得ている。

1988年に発足したこのプロジェクトは、Mount Doi Tungの貧しい地域を持続可能で自立した社会に変えることを目的としていた。過去40年間で多くの少数民族が、アヘン畑を林業経済に置き換え、伝統的な織物技術を含む地元の知恵を活用することに成功してきた。

今日では彼らの手織りの織物は、国内外のファッション市場で高い価値を認められている。

「我々は家族を支えるのに十分な収入を得られているため、誰もがとても幸せに暮らしています。」とKhamさんは言った。彼女の背後には広々とした作業場に数十台の糸車と織機が配置され、熟練した職人がカラフルな糸を紡ぎ、美しい織物を織っていた。

もうアヘンを育てる必要などない。

 

繊維を通じた文化

過去、チェンライの少数民族にとって機織りは、収入源というよりも生活様式そのものであった。地域社会の発展に伴い、この伝統的な芸能の目的も変化していった。

Doi Tungトレーニングセンターと別にも、民族の村々では観光向けに製織を行うことを計画している。

「多くの観光客が我々の村を訪れ、伝統的な衣装を買いたいと言います。」と、カレン族のSaengsuri Chalermthiemthongさんは述べた。

「そのことが、我々が販売用に製織を始めた理由です。」

Saengsuriさんによると、彼女らは当時服を買う余裕がなかったため、機織りしていたという。女性はしばしば伝統的な竹製の織機の前に座って、父親、夫、子供のために綿からシャツやズボンを織っていた。開発の波が彼女の村にも到来して観光客が押し寄せると、状況は一変した。

「部族ではそれぞれ異なるパターンを持っています。アカ族の人々は無地の黒い布に刺繍をするのを好みます。カレン族とラフ族の人々は色彩を織り込む傾向がありますが、ラフ族の人々の方がより明るい色を好みます。」と彼女は言った。

「我々は今では独自の織物を通じて、訪問者に文化を示すために織っています。」

 

(後編につづく)



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最終更新:2018年04月06日

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