インドシナニュース

タイ:ミャンマーからの移民労働者が結束

国境の町Mae Sodにいる難民は、悪徳な雇用主やタイ当局による強制送還に対し、権利を守るために民族間で結束。

 

Moe Swe氏は1988年にミャンマーのヤンゴン通りで、30年にもおよぶ軍事政権を終わらせることを訴えた数十万人の学生の中の一人であった。しかし軍は武力によって対抗し、活動はすぐに鎮圧されて多くが殺害された。また、生き残った者も逃亡を余儀なくされた。

多くの難民同様Moe Swe氏はタイに渡り、工場や建設現場で不法移民労働者として働き始めた。労働条件は劣悪で、彼はしばしば無賃金で働かされた。きちんとした住居もなかったため、彼は移民局と軍に目を付けられていた避難所に住んでいた。逮捕や国外退去を免れるため、彼はしばしば役人らに賄賂を支払わなければならなかった。

10年も経つと、彼は疲れ果ててしまった。そして1999年に、Moe Swe氏は彼自身のような移住労働者の権利活動のために、Yaung Chi Oo労働組合を設立した。「我々は、雇用主と従業員の間に紛争が起きた際、労働者に対して交渉における助言を与え、仲裁を行っています。」と彼は説明した。「彼らが望むような合意を得られない場合は、我々はプロの法律事務所に支援を求めています。」

タイにいる約300万人の移民労働者のうち、おおよそ3分の2が不法移民である。大多数はミャンマー出身で、少数民族グループと軍との間の長期にわたる紛争によって、こうした難民が際限なく生み出されている。

国境にあるMae Sodの町には、ミャンマー出身の移民労働者が約10万人いるが、彼らは何百もの工場にて、アパレル製造のような労働集約型産業で働いている。

タイの最低賃金は1日15米ドルであるが、ここでの労働者はそれよりはるかに低い給料しか受け取っていないという。正規労働者は1日5米ドルの収入を得ているが、不法移民労働者にはその半分の1日約2.5米ドルしか支払われない。

Moe Swe氏はこの労働組合について、当初誰も真剣に受け止めていなかったと述べた。「地方労働保護福祉局は我々のことをトラブルメーカーと考えていましたが、雇用主と従業員の間の仲介に尽力し続けた結果、今では理解を示すようになりました。」と彼は説明した。

この組織では、労働者のための安全な住居、子供のためのデイケアセンター、および移動診療所などを設立した。また彼らは、雇用主らに対して何件かの提訴を行い、約200人の未払就労者に対する賃金支払いを獲得した。現在では、タイの移民労働者の中で最も尊敬されている団体の1つとなっている。

しかし彼らが直面する課題もまた、より困難なものになってきている。タイのPrayuth首相は、不法移民労働者を強制送還するという決意を示した。 6月に施行された新たな罰則では、雇用主に最高2万5千米ドルの罰金と、労働者には最高5年間の懲役刑が科される可能性がある。

Mae Sodと別に、私は支援団体Arakan Labour CampのリーダーであるAung Aung氏と会った。 Aung Aung氏は、新たな罰則が不法移民労働者に適用されたことで、彼らの状況はこれまで以上に危うくなっていると指摘した。しかし彼は、民族問題がミャンマーを何十年も分断させている一方で、ここの労働者は民族間で団結し、共に権利のために戦っていると誇らしげに私に伝えた。

「私は決して、誰かを犠牲にするようなことを考えたことはありません。」と彼は言った。「ビルマ人だろうと少数民族だろうと、私は人々を助けたいと思います。彼らは我々の助けを信じてやって来ます。もし我々が助けることができない場合でも、他の組織の助けを求めます。」

Aung Aung氏は、2008年にミャンマー西部のラカイン州で起きた戦闘によって脱出した。タイでは縫製工場で6ヶ月間働いたが、助けを得る前は無給であったという。彼の故郷は軍隊に何度も襲われ、紛争地帯となってしまったことに怒りを覚え、彼は長い間、ミャンマーのイスラム教少数民族ロヒンギャを憎んできた。

しかしタイで移民労働者として生活し、労働者の権利を求めて戦う中で、彼の考えは変わってきたという。ようやく辿り着いたこの場所から再び逃げなければならないかもしれない、という新しい危機を前にしては、怒りや憎しみの余地はないとAung Aung氏は言った。

彼はロヒンギャについて、「私は当時、発生した事件について本当に怒りを感じており、彼らを本当に憎んでいました。」と述べた。「しかし怒りは問題を解決するものではないということが分かり、 自分がどう感じたかに囚われるのではなく、身近な問題に集中すべきだと自身に言い聞かせています。」

 

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最終更新:2017年11月10日06:09

タイ:スリン県の企業が「世界初」のシルクジーンズ製品を発表

シルク繊維ブランドReunmaiiが8月28日、同社によると「世界初」のシルク製ジャケットとジーンズを発表した。

8月28日、スリン県Muang地区のReunmaii Baimonの店長Krittika Pakdeeratは、オーガニック藍染のシルク糸と麻の混成繊維で作られた衣類をThong Tharin Hotelで発表した。1987年の設立以来家族経営の同社はスリン県の養蚕地区に拠点を設立し、「黄金シルク」の絹糸製造工場を設立、養蚕業の復興とタイシルク製品の販売促進を行ってきたと。同社は県の商業部と協力の上、輸出用のシルク製品開発も行ってきた。

今年、同社は「シルクジーンズ」を開発した。これは従来の綿デニム製のジーンズと比べて高密度に織られた繊維でできている。展示されたシルクジーンズのジャケットやパンツのサンプルはデニム地のように見えるが、着心地はより柔らかい。Krittikaによると、この生地は同社が試験的に生産したもので、今のところ卸売はしていないという。同社では個別の注文を受け付けており、布地の値段は1メートルあたり2000バーツ(約6600円)以下と見込まれている。

 

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最終更新:2017年09月01日14:25

タイ:織物ファッションショーが開催される

タイ国際芸術工芸支援センター(Sacict)と雑誌L’Officiel Thailandは共同で「織物の街から現代の生活工芸へ」と題したタイ織物のファッションショーを開催した。

先週House on Sathornで開催されたショーは現在のタイ織物のデザインのアイデンティティを反映し、全国的な手工芸データベースを開発することを目的としている。

芸術工芸支援センターのAmpawan Pichalai所長とL’Officielの出版社Kusama Chaiyapornが来賓のApiradi Tantraporn商務大臣を迎えた。

「芸術工芸支援センターの目的は全国手工芸データベースを開発、発展させることに加え、品質、規格面での要求事項を満たすよう手工芸製品のデザインを改良することである。職人の知識を向上するため技術や新しいアイディアを取り入れ、海外市場向けの国内製品の開発にも継続的に取り組みたい」とAmpawan所長は述べた。

「サコンナコーン県の天然の藍染繊維、ウタイタニ県のBaan Rai手織綿製品をはじめとする卓越した技術を持つ5つのコミュニティを選定した。彼らはMae Fah Luang FoundationのデザイナーAjarn Krit Yensudjaiと協力し、美しい現代的なデザインの貴重なコレクションを開発した」

このファッションショーはタイ織物の魅力を伝えるすばらしい機会となるとKusumaは述べた。「すべての織物が一品もので、タイ全国各地の生活様式を反映している。それぞれに特徴的な地域のデザインは創造的で、支援に値する」とKusumaは述べる。

今回の25点のコレクションをデザインしたMae Fah Luang FoundationのデザイナーKrit Yensudjaiは「織物は創造性と大胆さを兼ね備えており、独自でありながら調和性があり、そして現代的でもある」と話した。

ショーにはフランス大使の妻Isabelle Garachon、Nattavut Trivisvavet、MR Mannarumas Yukol Svasti-Xuto、Apisra Lohasiri、Pimthong Wachirakom等の著名人が招待された。

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最終更新:2017年06月22日12:01

タイ:労働者らが破産工場に補償金支払を要求

縫製労働者らは解雇補償金支払に6ヵ月かかるという見通しに怒り

 

Samut Sakhonにある縫製工場を解雇された労働者らは、先月倒産した縫製会社が解雇補償金を6ヵ月以内に支払うと発表したことから、元経営者に対して支払いを早めるよう求めた。

Samut SakhonのKrathum Baen地区にあるBritish-Thai Synthetic Textile社で働いていた107人の労働者は、会社が経営危機を理由に操業を停止することを事前通達なしに発表した際、大きな衝撃を受けた。

同社は3月1日に操業を停止し、タイ人85人とミャンマー人22人の労働者を即日解雇した。

会社は法律で定められた解雇報酬を支払うと約束したが、10月1日を初回として8ヵ月の分割払いにするとの内容であった。

提示された長い受給待ち時間では生活が困難になるため、この条件は低所得労働者からの反発を招いた。

「6カ月も待たなければならないなんて。今は仕事も蓄えもないのに。」とある労働者は言った。

「いったいどうやってこれから先6ヶ月間食べていけばいいのでしょうか?支払いの期日が到来しても解雇補償金を受け取れるかどうか、確証もありません。」と、またある労働者は匿名を条件にバンコクポスト紙に述べた。

British-Thai Synthetic Textile社労働組合のリーダーであるNipa Mongphetch氏によると、同社は2月末の3日間、すべての労働者を停職扱いとし、3月1日に仕事に戻るように指示したという。

労働者らが仕事に戻ると工場の門は閉鎖されており、会社は操業を終了したという発表を確認できただけであった、と彼女は言った。

「すべての労働者は苦境を強いられています。彼らは仕事を失った上、まだ報酬も受け取っていません。金銭報酬を受け取るのに6ヵ月間もの待機時間があるのは長すぎるし不当です。」と彼女は続けた。

解雇された労働者の多くは現在40代から50代であるため他の工場が彼らを採用する可能性は低く、また彼らのスキルは縫製作業のみであるため、他の産業で仕事を見つけることも難しいであろう、とNipa氏は言った。

Nipa氏と労働者らは最近、労働大臣であるSirichai Distakul氏に、補償金の支払いを早めるよう会社と話をしてほしいと訴えた。

彼らはまた労働者福祉基金に対し、労働者らを支援するために基金から迅速な資金の支払いをするよう求めた。

労働者はそれぞれ、この基金から約2万タイバーツの援助を受ける資格があり、基金は支払いの後、経営者からこの援助資金を回収することになるとNipa氏は述べた。

Nipa氏は現在52歳で、この会社に34年間勤務していたが、労働者らは速やかな解雇補償金支払いを怠ったとし、会社に対して法的措置を講じるよう警察にも訴状を提出したと明らかにした。

2~30年間会社に勤務した労働者は、それぞれ約10万タイバーツの報酬を受ける権利が付与されている。

一方で3年かそれ以上の勤務歴の労働者については、約1万タイバーツ程度しか支払われないだろうとNipa氏は言った。

そして労働者の1日当たり賃金は315〜341タイバーツであったと彼女は続けた。

1972年に創設されたBritish-Thai Synthetic Textile社は破産宣告を受け、その資産は凍結されたが、この会社は1997年のアジア通貨危機以来経営難に陥っていたとNipa氏は言った。

流動性の問題によって同社では資金不足の状況にあり、期日通りに賃金を支払うことができなくなっていた、と彼女は述べた。

同社の経理部は、同社は破産宣告を受けて管財人の管理下にあり、債権者である銀行が資産の所有者となったことを明らかにした。

こうした状況において同社では労働者を支援する方法を模索しているものの、労働者に対して何の保証もできないとした。

しかし労働協議会のManas Kosol会長は、従業員の退職や雇用終了時には経営者は解雇報酬を支払うことが法的に求められていると述べた。

Manas氏は、一部の経営者は解雇補償金を分割払いとしたり、支払いを遅延したりする傾向があると指摘した。

Manas氏はまた労働組合指導者の必要性や、従業員の労働権について教育し、解雇された労働者を支援するための基金を協力して設立するなど、対策の重要性について強調した。

労働権学者のSakdina Chatkul na Ayutthaya氏は、報酬をできるだけ早く支払うよう労働省が会社に命じなければならないと指摘した。

また労働省は、こうした労働者が新しい仕事に必要なスキルをトレーニングすることを支援し、彼らの興味や能力に見合った新しい仕事を見つけるのをサポートしなければならないと続けた。

Samut Sakhonの労働福祉と保護を担当するCharanchai Korsripitakkul氏は会社に対し、30日以内に約1000万タイバーツの報酬を労働者に支払うよう命じたと述べた。

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最終更新:2017年05月05日06:00

タイ:パーカオマーの成功(後)

(前編より)

 

Linda氏は、自身のデザインのために購入しようとした素材について、織機で働いていた職人のおばさん達と話をした。彼女はこれまで特に海外のバイヤーからの注文を確保することに専念してきたが、今では彼女は職人の女性らに仕事を依頼している。

作品への献身とコミットメントはLalaloveの奇抜なロゴに表現されている楽しみの一つの要素である。Linda氏は長年の友人であるイラストレーターのHatairat "Oh Futong" Charoenchaichanaさんを彼女の旅行仲間、兼スタジオ・デザインナーに採用した。

糸を染色して布を織るまでパーカオマーの制作工程のあらゆる面を職人と共に探求することで、彼女らは職人と個人的な話を楽しむようになった。製織職人らも生活の中で毎日パーカオマーを着用しており、その赤ちゃんの世代もチェックのリネンで同じようにくるまれて育っている。

「国際ファッションショーのランウェイ向けにデザインする際は、サロンで着用するようなパーカオマーをウエストや頭に巻いたりする使い方はしません。布地にペイントし、手作業で刺繍するなど、魅力を与えるためにより繊細な作業を施しますが、こうしたことはほとんどの村で実際に行われていることです。」とLinda氏は言った。

彼女は、パーカオマーが鮮やかな色合いと魅力的なパターンを持つものの、海外のファッションショーで発表するにはあまりファッショナブルとは言えない布地であり、一種のチャレンジであったことを認めた。彼女は「Play」と銘打ったコレクションの中で、パーカオマーを Lalalove twistと表現して、それを達成した。

この「Play」というコレクション名は、古いパーカオマーの切れ端を使って子供たちが遊ぶ古典的なゲームを見た際、Linda氏が受けたインスピレーションによって名づけられた。Mon Son Paでは子どもたちが円形に座り、背中の後ろで布を隠し渡しながら歌を歌い、歌が終わった時に布を持っていた者が負けというゲームがある。

Hatairatさんが漫画のゾウ、ワニ、クマ、猿がこのゲームを楽しむシーンを手描きでデザインし、ジャンパー、Tシャツ、レギンス、ボンバージャケット、フリルドレスなど人気のLalaloveの作品を彩っている。こうした図柄は、Lalaloveの衣服に比類ない若さと遊び心を与えている。

「パーカオマーは、喜び、勇気、活力、ずっと続く良い気分を表現しています。そして色使いはそのユニークな特徴の1つとなっています。」とLinda氏は言った。「ですから私はコレクションによって大事に色を使い分けています。中間色、甘いパステル調、鮮やかな色合いの作品が提供されているのでが、興味深いことに最も売れているのは鮮やかなものです。」

パーカオマーの各作品は田舎の職人によって手作業で染色、手織りされているが、こうした多くの職人は、タイの織物や繊維工芸品を復活、保存していこうと生涯ご尽力された女王陛下による生きた賜物である。

「我々はタイの職人技を受け継いでいくことにも力を入れており、この素晴らしい布地を通して顧客と製織職人との間で価値観や様々な機会を共有して頂くことを使命としています。すべての作品には繊維の種類と生産地を示すタグが付いており、公正なビジネス慣行に従って、各工程が確実にルール通り実行されていることを保証するよう努めています。」とLinda氏は言った。

「ファッション市場におけるパーカオマーの未来について、私は確実に将来有望であると思います。」と彼女は続けた。「この布地を織っている村は400以上ありますが、私はまだ10未満の村のものしか取り扱っていません。ですがこれだけの数の村であっても、私にかなり多くのことをもたらしてくれています。」

「私たちに足りなかったのは、忍耐強く、製織職人がどのようにビジネスを行うのかを学ぶことでした。彼女らは材料を購入したらすぐに、商品を生産して現金で受け取ることを好みます。」と彼女は笑った。「私は発注をした後お金を送金する準備をしていましたが、職人のおばさんは既にすべての作品を工場に現金で売ってしまったということもありました。それはこうした村の多くは郵便局から遠く離れているためなのです。」

「こうしたことから私が学んだのは、自分を世界の中心と考えてはいけないということです。我々は自分のエゴを捨て、皆に親切にしなければなりません。パーカオマーは手織り作品であり、アーティスト作品であることがその本当の魅力なのです。」

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最終更新:2017年04月16日06:01

タイ:パーカオマーの成功(前)

世界ファッション業界がタイの質素な織物を心待ちに?

アパレルブランドLalaloveのデザイナーであるLinda Charoenlab氏は最近、一般にパーカオマー(pha khao ma)として知られる質素な巻き布で、東京でかなりの関心を集めることに成功した。

渋谷ヒカリエホールで開催されたAmazon Fashion Week Tokyoにおいて、この伝統的なチェック柄の農家の万能布が国際的な注目を集めた。

ロンドンに本拠地を置くLinda氏は、キュートからストリート・ファンキー系ファッションまで、斬新なデザインの幅広いラインナップで、あざやかな色彩のパーカオマーを発表した。

London College of Fashionを卒業した彼女は、ロンドンで有名なPortobello Roadマーケットで販売したオーガニックコットンのTシャツに始まり、その大胆で奇抜なアイデアによって海外で名声を上げてきた。

彼女は後にOxford通りのTop Shop店に商品を出して、自らのブランドを立ち上げる自信を強めた。Lalalove は2009年に設立されたが、ベルリンからバンコクまで多くのファンを集め、現在3つの姉妹ブランドが作られるほど急速に発展した。

Lalalove Londonは会社の起源となった場所の近くにまだ存在する。Lalalove Worldのスイムウェアは好評を博しており、Lalaloveはユニセックスに着こなすことができる。

Linda氏はバンコクのSiam CenterとEmporiumに店舗を構えているが、彼女の最新のコンセプトである「Lalalove x Pakaoma」によって、タイでごくありふれた布地であるパーカオマーが世界の注目を浴びている。

このコレクションでは鮮やかな色彩とパーカオマー独特のチェック柄パターンを用い、様々な場面での活用を提案している。

伝統的にパーカオマーは赤ちゃんをくるんであやす、ゆっくりした午後はハンモックにする、濡れた体を拭く、頭にターバン巻きにする、防寒具にする、ズボンを吊るなど、多くの使い方で活用されてきた。それを織ることはまた、農閑期の農家のためのちょっとした収入源になっている。

一般的にパーカオマーは、腰の周りをしっかりと結ぶのに十分な約72インチの幅で、膝のすぐ下まで隠れる30インチの長さがあり、タイのあらゆる場所で手織りされている。その生産地は、使用されている独特の色合い、模様、製織技術によって推測することができる。

サイズ、デザイン、色合いのバリエーションが増えると共に、奇抜なアイデアや革新的な使用法に対応するためにパーカオマーは昔から目覚しい進化を遂げてきた。

Pracharat Rak Samakee、タイ内務省の地域開発部とThai Beverage社が協賛する「伝統的なPakaomaの手工芸品」キャンペーンの一環として、Linda氏とチームはタイ中を旅し、この布地の地方における歴史や色彩のルーツ、デザインなどについて聞き取り調査を行った。

彼らが調査したコミュニティでは、それぞれ異なる特徴を持つパーカオマーがあった。彼女らはSakon Nakhon県にあるGudjit、Wang Yao、Sra Kaew県 にあるPon Swan、Parchuab Khiri Khan県にあるKhao Tao、Chiang Rai県にあるBan San Luangを訪問した。

 

(後編へつづく)

 

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最終更新:2017年04月15日22:01

タイ:ミャンマー人縫製労働者から暴利をむさぼるブローカー達

移民労働者権利ネットワーク(MWRN)によると、タイ国内で「ピンクカード」を保持するミャンマー人達は、母国の身分証明書の入手のため、ブローカー達に7000タイバーツを支払うことを余儀なくされているという。

「法を遵守している様な規模の大きい工場では移民労働者の費用で暴利をむさぼる様なことはありませんが、規模の小さな工場ではそれが起こっています。市民カード(CI)申請を理由に、ブローカーや工場役員達が労働者達から6000〜7000タイバーツを回収しているのです。」とMWRNのU Aung Kyaw副会長がThe Myanmar Times紙に対し語った。

またタイ拠点の移民運動グループによると、CIの申請過程が複雑であるため、ピンクカードや一時書類を保持するミャンマー人のCI取得希望者達は、ブローカーを利用しなければならないという。

CI申請のサービス費用を名目に、ピンクカード保持のミャンマー人移民労働者の多くは6000〜7000タイバーツをブローカーに支払うよう言われている。

「ミャンマーの移民労働者達は、CIを取得すればタイ国内の移動や帰国を自由に行えると知っているため、CIの取得を強く希望しています。そこでブローカー達が工場役員達と結託して暴利を貪っているわけです。」とU Aung Kyaw氏は述べた。

ミャンマー政府が2月に発表したところによると、市民カードの発行はタイ国内でピンクカードを保持するミャンマー人移民者を対象に行われており、現在(3月3日)タイに6つある発行センターで300タイバーツの申請料金で取得が可能であるという。

またミャンマー政府は、余分な料金の支払いを避けるため、ブローカーを利用しないよう移民者達に呼びかけている。

しかしながら、移民者達にとってCIの申請プロセスは複雑であり、ブローカーに頼らざるをえない状況にあるとU Aung Kyaw氏は述べた。

「ミャンマー人移民者達は、家に帰りたいがためCIの申請に熱心です。しかしながら、雇用者の書類が必要な上、ブローカーの手助けも必要で、労働者達がCIを取得することは容易ではないのです。」とタイの繊維工場で働く移民労働者はThe Myanmar Timesに語った。

また移民労働者運動活動家によると、CIを取得したタイ国内のミャンマー人労働者達はパスポートも申請しなければならないため、二倍の料金を支払わなければならないという。

彼らはまた、ミャンマー政府は CIよりも利便性の高い仮パスポートをピンクカード保持者に対して発行すべきだとも述べた。

タイには400万人のミャンマー人労働者がおり、内170万人がミャンマー政府の発行する仮パスポートを、80万人がタイ政府の発行するピンクカードを所持していると推定されている。

ピンクカードは、タイに不法に入国した移民労働者達を対象に発行されており、制限区域内で一時的に居住し労働することが認められている。なお彼らは、各管理機関の許可なしに制限区域外に出ることは禁止されている。

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最終更新:2017年03月07日06:02

タイ:アパレル輸出最大手のNiceグループがEvolveを導入

タイ最大のアパレル輸出企業Nice Group Holding CorpがFast Reactの計画管理ツールEvolveを導入した。Evolveの導入で原材料管理が容易となり、最終的には生産性の向上につながることが期待されている。EvolveはNice Groupが既に導入しているLEAN縫製システムのさらに効率的な活用にも役立つ。

「当社の現行のITシステムはまだ新しい技術要件に100%適合しておらず、サプライチェーン管理や生産計画の面で完全なサポートを行うことができていない。Fast Reactのツールは広く知られておりその効果も証明されていることに加え、彼らは縫製産業の知見があり経験を積んだチームであることから導入を決めた」とNice GroupのPrasop Jirawatwong CEOは話す。

Nice Groupはタイ、中国、カンボジアの8工場でおよそ1万6000人を雇用し、5000万着を製造する。今年はベトナムへの進出を計画している。同社はAdidas、Nikeをはじめとするブランドのサッカー、ゴルフ、バスケット等様々なスポーツウェアを受託生産している。

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最終更新:2017年03月03日15:35

タイ:国王逝去により前例のない黒服の争奪戦が勃発

服喪期間中にタイ国内の黒服の在庫が大幅に枯渇し、カンボジアの縫製工場では不足分を補うために残業を強いられている。

先月Maha Vajiralongkorn Bodindradebayavarangkun皇太子がタイの王位に就き、ほとんどのタイ国民にとって唯一無二の絶対君主であった彼の父の逝去によって悲しみに包まれる国民の次の君主となった。昨年10月にBhumibol Adulyadej国王が逝去した夜、タイ国民はこの国独特の寡婦向けのカラフルな喪服を着用しようとしたため、与党は国中を黒にする服喪宣言を行った。しかし国民が市場に向かってみると、この国のアパレル産業では70年の在位期間により喪服の手当てがまったくできないことが判明した。

そこで、哀悼者の中から自らの手で積極的にこの問題に取り組む者が出始めた。Bhumibol国王が逝去した数週間後地元のメディアは、倉庫が大勢のカラフルな衣服を抱えた哀悼者らに無料で黒色に染色するために開放されていることを報じた。タイ北東部では、スーパーマーケット大手のTesco Lotusが、無料で5万5000枚の黒いTシャツを配布した。

だがその他業者は、この悲報に際して慈善活動を行おうというところは少なかった。国王逝去の翌朝国内貿易部のNanthawan Sakuntanark部長は、服喪に必要な黒色商品を不当に吊り上げる業者の取締りを目的に、部門の職員が国内市場を監視すると発表した。彼女は価格を不当に吊り上げた業者について、最高7年の服役、または約4000米ドルの罰金を科すと述べた。

「黒シャツの供給が数日間遅延しているかもしれませんが、アパレル製造業者らは欠品しないと言っています。」と彼女はNation紙に述べた。

こうした見通しにもかかわらず専門家らは、タイ国民のほとんどが喪服の手当てをしようと奔走することになると予想している。チェンマイ東南アジア研究所のPaul Chambers研究主席は、タイのアパレル販売業者は伝統的な喪服に対する急激な需要増にまったく準備ができていないと述べた。

「多くのタイの女の子らはショート丈かシースルーの黒服を着ています。」と彼はSoutheast Asia Globe誌に述べた。「結果、彼女らは葬式とディスコの服装を組み合わせたような病的な格好となってしまいました。」

国営銀行を通じて黒いTシャツを低所得層に配布するという財務省の緊急措置にもかかわらず、タイ社会の最も貧しい人々の多くは、国王逝去による服喪の義務に従うことすらできずにいる。ロンドンのQueen Mary大学で国際関係の上級講師を務めるLee Jones氏は、服喪できなかったことによる悲劇が多く見られたと述べた。

「喪服を着ていないため、こうした人々は国家や社会から多くの圧力を受けました。」と彼は述べた。「集団ヒステリーを想起させる、喪服を着ていない精神病の女性が顔を殴打される様子が収められた恥ずべきビデオが公開されたりしました。」

Jones氏によると、服喪期間の初期にこうした行動が誇示された背景には、一部の王党派による制裁に対する恐怖心があったという。

「多くの貧しい人々は新しい黒服を買う金銭的余裕がなく、典型的なYellowshirtのエリート主義に迫害されました。そのためボランティアらは人々の服を無料で黒く染め直したのです。」と彼は言った。

タイのアパレル産業が突然の急激な需要増に応えるために苦戦する中、カンボジアとの国境沿いのバイヤーらは、カンボジアのアパレル業者に黒服の大量注文を開始した。

プノンペンに近いカンダル州にある小さな縫製工場の経営者であるVichara Kosal氏は、10月にPhnom Penh Post紙に対し、国王逝去後単価2.10米ドルで7万枚以上の黒色Tシャツを受注したと述べた。「タイではコットンの在庫がなくなりつつありますが、数百万人もいるタイ人からの需要はなお非常に強いものがあります。」と彼女は述べた。 Southeast Asia Globe誌に対してKosal氏は、国王の逝去後11月中旬まで国境を越えたライバル達の供給力不足を補うため、タイからの黒服の受注は何週にも亘って続いていることを認めた。

カンボジア縫製業協会(GMAC)のKen Loo書記長は、カンボジアのアパレル産業が最近の国王逝去により利益を得ているという報道は大きく誇張されているとし、タイの黒服特需はアパレル業界にとって特定の地域のブームに過ぎないと述べた。

タイからの受注増に関する質問を受けた際に、彼は次のように述べた。「(今回のような突然の需要増は)驚くべきことではなく、起こりうることです。ですが、物事の大局観からするとそれは重要なことではありません。もちろん個々の工場にとっては一大事かもしれません。ただそれは業界全体にとって、またGMACのメンバーにとってもまったく重要な事象ではないのです。」

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最終更新:2017年01月19日09:58

タイ:「黒いTシャツは今朝すべて売り切れました」

プミポン・アドゥンヤデート国王の崩御後、政府が国民に1年間の服喪を要請したことを受け、タイ国民はこぞって黒い服を買っている。そのため黒い服への需要は高まり、売り切れも出ていると報道されている。

全国の商店で黒い服が店頭に並べられている。

「卸から黒い服を仕入れるのが少し遅かったため、今のところ出ているものしかありません」と市場の売り子Piyada Sripiachaiは話す。明るい色の衣類は店の奥に隠してあるという。

「黒いTシャツは今朝すべて売り切れました。今日の午後はもう白いシャツしかありません」と別の売り子Pornthep Charoenkulsakも話す。

白、そして灰色などの暗い色も黒に次ぐ服喪の色とされている。

「原材料が通常の注文分にも足りないので、仕事に影響が出ています」とバンコクのある工場はdpaに話した。

「黒と白の素材への高い需要は衣類用だけでなく、装飾用でも必要とされているからです」とThai Textile Industry Public Companyは説明する。同社では国王の肖像を装飾するための黒い布地の注文が急増している。

国家的に追悼の気持ちが高まるにつれ、報道によると、黒い服を着ない人が批判されるという事態も起こっている。

政府高官は国民に対し冷静な対応と黒い服を買うことのできない人への理解を求めた。

「黒や白の服を着ることができない人は黒いリボンやタイのような喪章をつけることもできます」と政府のSansern Kaewkamnerd報道官が述べたとバンコクポストは報じている。

最新の動向としては、喪服を買えない国民に対し、国営銀行が800万着の黒いTシャツを配布するという計画をSomchai Sujjapongse財務事務次官が17日に地元メディアに語ったという。

Somchai次官は、これは低収入者支援という政府の方針に沿ったものだと述べた。

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最終更新:2016年10月21日00:00

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