インドシナニュース

タイ:繊維を通じて山岳民族に色とりどりの未来を紡ぐ(後)

(前編より)



変容を経て織りなす

長年をかけ、織物はタイ北部にある多くの少数民族の暮らしを変化させてきた。彼らの多くは、桑から作る紙の工房、陶芸工房、コーヒー焙煎工場など、その他のキャリア開発施設も備えているDoi Tung手工芸トレーニングセンターで仕事を見つけてきた。

また一部の民族の人々は、繁栄する繊維産業において起業家になった。そのうちの1人がSuporn Asawaphithakkhiriさんである。

Supornさんは中国雲南省最南端に位置するシーサンパンナ・タイ族自治州で生まれたが、タイを母国としている。この国は彼女に貧困から脱却し、糸と織機で新しい人生を築く機会を与えた。

チェンライのMae Fah Luang大学で社会人教育を受けた時は、若いSupornさんは織り方も、地元の言語の話し方も知らなかった。

「非常に苦しい日々で、毎日泣いていました。」と彼女は言った。

ある日、Supornさんはバンコクでさらに学習する機会を与えられ、Princess Mother宮殿に移り、そこで織物を知った。彼女がチェンライに戻った時には、彼女は服やバッグを織る方法を知っていたため、Doi Tung 開発プロジェクトのために働くことを決めた。

「祖母陛下が私に対し、「学位などよりも経験の方が重要です。」と仰せられた日をまだ覚えています。」

SupornさんはDoi Tung 開発プロジェクトに手織りの織物を提供していたが、後に道路沿いに小さな店を開き、他の製織業者やプロジェクトスタッフの助けを借りて生産を続けるようになった。

今日では彼女のビジネスは、地域の民族による様々な伝統衣装やアクセサリーを提供する大規模な卸売衣料品店に成長した。彼女は地元の職人を雇い、現地市場だけでなく米国や中国にも高品質な商品を供給している。

「経験やスキルもない、まったくのゼロからのスタートであったため、私は自分自身を誇りに思っています。祖母陛下とそのスタッフのおかげで、今では私は生計を立て、人生をより良いものにすることができました。」とこの起業家は述べた。

Doi Tungに戻り、Khamさんは新しく織った布のパターンをチェックしている。彼女はこのプロジェクトに参加して以来、多くの若い女の子が持続可能なキャリアを得て、織り方を教えることで定期的な収入を得るのを支援してきた。

「私はゆっくりと教え、彼女らの手と足を織機の上で導いています。」と彼女は言った。

「以前は私の生活は苦しいものでした。そのため私は彼女らの状況を理解し、過去に私が与えられたように、より良い生活へのチャンスを彼女らに与えたいと思っています。そして私は、力が残されている限り織り続けようと思います。」



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最終更新:2018年04月06日12:04

タイ:繊維を通じて山岳民族に色とりどりの未来を紡ぐ(前)

~タイ北部の少数民族はより明るい未来を切り開くために、製織技術を活用

 

若いタイ人女性にとって、結婚に向けて織り方を学ぶのはおそらく自然なことであった。

「もし織り方を学ばなければ、私と結婚してくれる男性など現れないだろう、と私の母は言っていました。」と50年以上前にチェンライ郊外の村で過ごした幼少期を思い出しながら、Kham Takhamchingさんは言った。

当時タイにあった多くの少数民族同様、Khamさんは道路や電気、清潔な水もないような貧しい小さな村に住んでいた。彼女の村の誰もが生きるのに精いっぱいで、焼畑やアヘン畑で生計を立てていた。

「私は12セントの報酬で、農場で働いていました。」とKhamさんは言った。「当時の村の人々は、ニワトリとブタを育てながら、アヘン、コメ、トウモロコシを栽培することだけしか知りませんでした。」

Khamさんの母親が、いつ娘に織物を覚えるように仕向けたのかは分からないが、彼女の言葉は後に、娘が貧困から脱出し、王室が後援する著名な織物センターにおいて尊敬される教え手になるための大きな助けとなった。

現在3人の母親であるKhamさんは、織物とタイのシーナカリン王太后がご発案された Doi Tung開発プロジェクトの手工芸トレーニングセンターで教えることによって、安定した収入を得ている。

1988年に発足したこのプロジェクトは、Mount Doi Tungの貧しい地域を持続可能で自立した社会に変えることを目的としていた。過去40年間で多くの少数民族が、アヘン畑を林業経済に置き換え、伝統的な織物技術を含む地元の知恵を活用することに成功してきた。

今日では彼らの手織りの織物は、国内外のファッション市場で高い価値を認められている。

「我々は家族を支えるのに十分な収入を得られているため、誰もがとても幸せに暮らしています。」とKhamさんは言った。彼女の背後には広々とした作業場に数十台の糸車と織機が配置され、熟練した職人がカラフルな糸を紡ぎ、美しい織物を織っていた。

もうアヘンを育てる必要などない。

 

繊維を通じた文化

過去、チェンライの少数民族にとって機織りは、収入源というよりも生活様式そのものであった。地域社会の発展に伴い、この伝統的な芸能の目的も変化していった。

Doi Tungトレーニングセンターと別にも、民族の村々では観光向けに製織を行うことを計画している。

「多くの観光客が我々の村を訪れ、伝統的な衣装を買いたいと言います。」と、カレン族のSaengsuri Chalermthiemthongさんは述べた。

「そのことが、我々が販売用に製織を始めた理由です。」

Saengsuriさんによると、彼女らは当時服を買う余裕がなかったため、機織りしていたという。女性はしばしば伝統的な竹製の織機の前に座って、父親、夫、子供のために綿からシャツやズボンを織っていた。開発の波が彼女の村にも到来して観光客が押し寄せると、状況は一変した。

「部族ではそれぞれ異なるパターンを持っています。アカ族の人々は無地の黒い布に刺繍をするのを好みます。カレン族とラフ族の人々は色彩を織り込む傾向がありますが、ラフ族の人々の方がより明るい色を好みます。」と彼女は言った。

「我々は今では独自の織物を通じて、訪問者に文化を示すために織っています。」

 

(後編につづく)



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最終更新:2018年04月06日06:04

ミャンマー:蓮池からハイファッションへ~美しい生地の伝統を紡ぐ(後)

(前編より)



蓮の織物:信念が支える労働

その市場価値に見合うように、ミャンマーの蓮から成る生地の生産は、根気のない者には務まらない。気の遠くなるような忍耐と情熱を必要とする時間のかかるプロセスである。

それはまず、必要な材料を調達することから始まる。毎年モンスーンシーズンに、蓮の茎の収穫が行われる。蓮の茎は水面まで伸びているが、水面までの高さが高いほどその品質が良くなるためである。

「水深のある場所では茎は長くて丈夫ですが、浅い場所では短く、弱々しくなります。」とMyint Thein Htun氏は述べた。彼の家族は4世代にわたって蓮の生地を作っており、この工芸品に対する深い造詣で有名である。

「泥が乾いて肥沃でない時に収穫すると、蓮の茎に十分な強度がありません。」

収穫後に蓮の茎は細い刃で丁寧に裁断され、中にある繊細な繊維を慎重に取り出す。その後、このほぼ透明な繊維を湿らせた板の上で糸にひねり重ねていく。

糸が望ましい太さと強度に達するまで、この手順は何度も何度も繰り返される。次に接着剤を塗布し、ワックスを使って複数の糸の端と端を繋げていく。

「繊維の抽出は手作業でしかできません。」とMyint Thein Htun氏は言った。「これらの作業を機械で行う方法などありません。」

こうした作業を経てようやく、糸をシャトルに入れて製織を始めることができる。

 

聖なる糸

多くの労力と時間を要する生産と、その神聖な起源から、ほとんどの蓮の糸は僧侶の衣服と仏像の覆いに使用されてきた。

だが今日ではこうした宗教の象徴的意味合いから、ファッションデザイナーが蓮糸を自身の作品の一部に取り入れたいと考えるようになった。その結果、地元の繊維市場に魅力的な取引価格が提示されただけでなく、顧客にも大きなスピリチュアルな価値をもたらすような現代的な衣料品が制作されるようになった。

「我々の製品に対する引き合いは、タウンジーからヤンゴン、マンダレーなど、あらゆる場所から来ています。」と地元の織物業者であるSan Sana氏は述べた。

「我々の売上は、通常仏教フェスティバルの期間に急増します。その期間中、しばしば儀式が取り行われるため、人々は修道士に蓮のローブを供物したいと考えるのです。」

織機と糸車の背後にいる多くの職人にとって、蓮の生地を作る困難な作業は単なる収入源ではない。それらは仏教に敬意を表すための、魂の巡礼という敬虔な活動の意味合いがある。

「蓮は咲くのにふさわしい、澄んだ水がある非常に限られた場所でのみ育ちます。」と、この52歳の織物職人は言った。「それは非常にスピリチュアルな意味を持っており、それが故に、どんな宗教的利用にも最もマッチします。」

しかし、信仰のみが彼女が織機で忙しく働く、唯一の原動力というわけではない。他の多くの織物職人同様、San San Mya氏はこの珍しい芸術様式に魅了されている。原材料の繊細な性質とその複雑な抽出プロセスは、彼女の好奇心を刺激し、その挑戦心を駆り立てている。彼女は蓮の生地を織り終えるたびいつも、心の中に達成感を感じている。

San San Mya氏は年を重ねるにつれ、このノウハウを若い世代に引き継ぎたいと考えるようになった。しかし彼女は、ミャンマーの若者達がこの伝統を引き継ぐことに興味を持つか疑問に思っている。

「苦難を伴ってでも、蓮織の技術を熱心に学ぼうとする若者を見つけるのは非常に困難です。彼らは苦労などしたくないのです。」とこの織物職人は言った。

「蓮の生地の価格は引き続き上昇するでしょうが、織物職人の数は減少していくでしょう。」



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最終更新:2018年03月24日12:02

ミャンマー:蓮池からハイファッションへ~美しい生地の伝統を紡ぐ(前)

ミャンマー広域のコミュニティにおいて、熟練した職人が織機を使い、蓮から作られた、世界で最も高価で素晴らしい織物を織る。

 

信仰と献身の心を表現する服装を必要とするのであれば、何万本もの蓮の茎の繊細な繊維を使って、手作業で細かく織り込まれたその織物が、間違いなく本命となるであろう。

その控え目な外観は、創造は簡単だと信じる者を容易に欺くが、それはすべて幻想である。

「この生地1平方メートルを生産するのに、少なくとも2万本の蓮の茎を必要とし、さらに熟練した職人が40日もかけて織ります。」とKhit Sunn Yin蓮織センターのオーナーであるMyint Thein Htun氏は述べた。

彼の作業場は広々とした伝統的な木造建造物で、ミャンマー東部シャン州にあるインレー湖で一番の観光地となっている。

このセンターでは、蓮糸で作られた手紡ぎの製品を展示するだけでなく、この珍しく魅惑的な布地を織ってみたいと、強い忍耐力と揺るぎない決意を持つ地元の人々のためのトレーニングセンターの機能も有している。

この作業場において数多くの織機がカタカタと鳴り響く音は、この手工芸品の制作にチャレンジしようという地元の人々の熱い思いを表している。またそれには当然の理由もある。

「蓮の糸で作られた1メートルのスカーフには、450米ドルほどの値がつきます。」とMyint Thein Htun氏は言った。彼の背後では、一組の旅行者が蓮スカーフの純正品を選んでいるが、その価格は750米ドルにも達する。

この珍しい生地は、1世紀以上も前に湖面を覆って咲いていた蓮の花の美しい繊維に気がついた、Sa Oo氏という熟練した織物職人によって生み出されたと考えられている。

仏教において蓮の美しさは心の純粋さの象徴であるため、この敬虔な職人は繊細な蓮の繊維を、心からの献身と魂の純粋さを表す修道士のローブに仕立てることを思いついた。伝説によるとSa Oo氏は、丸1年かけて蓮の繊維を取り出し、彼女の尊敬する大修道院長のために美しい衣装を織ったという。

今日では、このインレー湖の蓮から成る生地は宗教的な領域を越え、豪華なファッションの世界に展開されようとしている。

イタリアのデザイナーであるPier Luigi Loro Piana氏は、高級衣料品ブランドであるLoro Pianaを弟と一緒に経営しているが、この素材の素晴らしさと精密な生産プロセスに魅了され、彼の商品ラインナップに加えることにした。

インレー湖の蓮の糸で作られたLoro Pianaのジャケットは、5600米ドルで販売されている。

「この生地は亜麻布に似ていますが、生糸にデリケートな繊細さがあります。」とこのブランドのウェブサイトで紹介されている。

「高い鑑識眼を持つお客様のために制作していますが、1日でわずか数メートルの生地しか作ることができません。」

 

(後編につづく)



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最終更新:2018年03月24日06:00

ベトナム:投資家は縫製分野の可能性に注目

ベトナム縫製産業に大きなチャンスが到来、企業や投資家はTPP締結後の変化に対する備えを進める

 

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結で見込まれる特恵関税制度を最大限に活用しようと、ベトナムでは海外の繊維・縫製企業による投資ラッシュが続いている。

TPPはアメリカを含む12カ国による協議が続けられており、ベトナムからの縫製製品輸出にあたっては大幅な関税削減が見込まれるが、そのためには原材料もベトナム国内、または他のTPP加盟国で生産されたものでなければならない。中国はTPPには加盟しない。

ベトナムの数千社の中小の縫製企業にとって、TPPの恩恵を受けられるかどうかはまだ明確ではない。

ベトナム北部にあるHo Guom Garment社の工場では年間2500万着の衣類を製造しており、その全てが「メイドイン・ベトナム」製品となるが、原材料の半分以上を中国から輸入している。

ベトナム国内から調達するのは困難で、価格も高い。

「ファスナーや、特殊な原材料などの調達先を探すのはとても困難です。サンプルを取り寄せるのにホーチミンや、ダナン、時には中国や台湾にまで当たらなければならず、時間もかかります」と同工場のPhi Ngoc Trinh副工場長は話す。

ベトナムの衣料品メーカーでは適切な調達先探しのレースが始まっている。ベトナム国内の繊維工場では需要の5分の1しか生産していないのだ。

ベトナムは長年、アパレル産業の中でより資本集約的でない分野に注力してきた。つまり、布を切り縫い合わせ、最終製品として輸出するということだ。

「ベトナム製品の付加価値は低く、ベトナムが地球的規模のサプライチェーンで果たす役割も低いのです。こうした状況では、労働力以外ではサプライチェーン全体への影響力は殆どありません」とベトナム繊維協会のDang Phoung Dung氏は話す。

国内の他の労働集約的産業と同様、縫製分野はベトナムが誇る重要な優位性で競争力を保持している。9000万人の若い人口は、常に豊富で安価な労働力を提供してきた。

TPPによる大幅な関税削減で労働力の上昇には対応できうるものの、この優位性がいつまで続くのかという疑問もある。

しかし、投資できる資本がない企業は結局、国内や海外の大企業がベトナム国内に原材料供給拠点を作り上げるのを待つことしかできないのだ。

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最終更新:2015年10月06日14:01

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