インドシナニュース

カンボジア:選挙前、圧力と脅威にさらされるアパレル労働者たち

カンボジアのアパレル労働者たちは、フンセン首相の野党撲滅に抗議して対立候補なき選挙をボイコットするよう求められている一方で、上司からは7月の総選挙には投票するようにと圧力をかけられている。

「日経アジアレビュー(NAR)」紙が工場労働者らと話をすると、彼らは支持するカンボジア国民救国党(CNRP)が11月に解党されているにも関わらず、雇用主から「どうなっても知らないよ」と投票を強制されたと言う。

全国選挙で唯一見込みのある政党は、フンセン首相自身の党カンボジア人民党(CPP)だけである。 小規模な政党が多数選挙に参加しているが、民主化されているという見せかけのためだけで、これらの大部分は人民党(CPP)の傀儡党とみなされるか、またはたいした数の有権者を動員することができない状況である。

「我々は管理チームに指を見せないといけないと聞きました。もし投票した印のインクがついていないと、私たちは問題に直面するでしょう」と2013年にカンボジア国民救国党(CNRP)に投票した工場労働者、Sreymom さんは「日経アジアレビュー(NAR)」紙に語った。「経営者に退職を命じられたら、私は従わなければなりません」

アパレル産業は、カンボジア経済の中心であり、カンボジアの輸出の72%を占め、約85万人を雇用している。工業及び手工芸省の2018年の報告書によると、これは産業界で雇用されているすべての人の86%であるという。

フンセン首相は労働者を獲得するために多大な努力を払い、選挙キャンペーンの一環として工場での集会演説の中で出席者への現金の「贈り物」を約束している。

信頼に足る野党がないため、旧クメール・ルージュのこの指揮官は33年間の支配を延長する予定である。しかし、彼は国際的な批判が高まっているだけに、彼の勝利を正当化するためには、高い投票率が必要である。

フンセン首相が権力掌握を揺さぶる機会に際して、元カンボジア国民救国党(CNRP)のメンバー(多くが政治的報復を恐れて亡命している)は、カンボジアの人々に選挙のボイコットを促している。

しかし、アパレル労働者らはそれが簡単ではないことを知っている。もし本当にボイコットをすれば、実生活に重大な影響を及ぼすのは火を見るよりも明らかだからだ。あれこれ批判されないですむようにベトナムの国境のPrey Vengの故郷に戻る予定であるとSreymom さんは「日経アジアレビュー(NAR)」紙に語った。

「彼らが野党支持者として私の名前を挙げるのではないかと心配です」と彼女は語った。「最近は率直に意見を述べたくありませんし、自身が標的にされないように流れに身を任せています」

この恐怖は、今回の選挙の脅威のみならず、2014年の選挙後の抗議に対する激しい弾圧にも由来する。

反政府抗議は、不正選挙の疑惑を契機に数カ月間抗議行動が続いたのち、1月の政府の弾圧により4人が死亡、主要な抗議運動が鎮圧された。

選挙の日が3週間あまりに近づき、透明化のための国際監視団(TRP)は729日の行動を検討するよう投票者に求めたが、政治的権利を行使するよう求めた。

「カンボジアの有権者は、政治的権利を行使することで、今後の選挙で最も適切な行動が何であるかを決めることができます」と事務局長のKol Preap氏はAsian Correspondent. 紙に語った。

「どのような行動をとろうとも、カンボジアへの希望と懸念を政治指導者に強く伝える必要があります」



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最終更新:2018年07月11日06:04

ベトナム:TPPにより厄介な「オランダ病」はもたらされるか?(後)

(前編より)

 

しかしこうしたベトナム経済に対する楽観的な見通しの一方で、経済的な幻想には落とし穴が伴う。ベトナムにおける脆弱な人権に関する歴史と、一旦産業が活性化するとさらに人権侵害がひどくなる可能性については十分に指摘されてきたが、ベトナム経済における最大の脅威はまだ明らかにされていない。それは「オランダ病」である。オランダ病はオランダがガス田を開発し始めた後の70年代後半にエコノミストによって作られた言葉で、ガス田開発によって国が豊かになる代わりに、オランダでは数千人が職を失い、製造業が駆逐された理由を説明しようとするものである。この匿名のエコノミストは、オランダの経済崩壊は、オイルがドルで価格設定されているため、外国通貨の急激な流入、自国通貨の需要増により通貨高がもたらされ、ガス以外の国内産業は国際市場において競争力を失ったためと説明した。

オランダ病は一般的に鉱業や石油など天然資源の輸出に頼る国々で起きるとされているが、アパレル産業も決して例外ではない。インドとバングラデシュの両国は、程度は違えど衣料品輸出の活況によってオランダ病となった例である。インドの場合は特に影響が大きく、ドルの流入によって主要輸出相手国通貨に対するルピーの価値が上昇、国の競争力は軒並み急激に低下し、このことにより2007年の1年間で少なくとも50万人の雇用が失われた。

そして、オランダ病はベトナム経済で次に起きる可能性がある。ベトナムでも既にTPPの通過に伴い、資金の大規模な流入に直面することが予想されている。オランダ病から経済を守るための最善の方法は、経済の多様性を健全なレベルに保つこと、つまりどんな製品でも生産する能力を身につけておくことである。ハーバード大学の経済多様性に関する指標によるとベトナム経済は、底なしの油田によってのみ成り立っている王国サウジアラビアの上に辛うじてランキングされている。既に200万人以上を雇用する好景気に沸くアパレル部門において、さらに数千人の雇用増が予想されており、ベトナムの経済の多様性は今後さらに縮小する可能性がある。

ベトナムは、既にオランダ病に直面した他の国々の対処法から学ぶべきである。例えばノルウェーでは、「年金基金」を設立し、賃金上昇や為替レートの上昇を制限することにより、石油ブームをきっかけとした負の影響を回避した。サウジアラビアでは今年初めから積極的な産業の多様化と民営化プログラムを開始することによって、ノルウェーのような解決策を探っている。サウジアラビアの政府系ファンドは、ほとんどのサウジ経済部門が進出しており、何百ものビジネスで180億ポンド以上の価値を有する英国から、副皇太子がシリコンバレーの投資家に入札を求めるため最近訪問した米国まで、外国人投資家の膨大なネットワークを駆使することにより、最終的な価値は2兆米ドルにまで達すると予想されている。

当然のことながらベトナムの政策立案者は南シナ海や自国のささいな権力闘争について気を取られてはいるものの、TPPに署名しさえすればハノイにミルクと蜂蜜の無限の川が流れ込むと思いこむべきではない。ベトナムが新たな収入を適切に管理してオランダ病を回避できた場合にのみ、そして米国の抵抗勢力を抑えてTPPを通過させることができた場合にのみ、この協定によってベトナムは21世紀アジアの新星の一つになることができるのである。

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最終更新:2016年07月26日13:11

ベトナム:TPPにより厄介な「オランダ病」はもたらされるか?(前)

米国の両政党の政治家は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について、この12カ国からなる環太平洋貿易協定を近い将来に妥結させることについて疑問を呈し、異議を唱えている。すべての貿易協定に取って代わるものとして歓迎されたものの、TPPの結末がこれほど厳しいものになることは予想もされなかった。米国大統領選挙における民主党と共和党双方の支持者はこのTPPを有害なものと見なしており、共和党候補のドナルド・トランプ氏、民主党候補のヒラリー・クリントン氏共にそれに反対している。トランプ氏は、他の11カ国が彼の許容できる条件を再交渉により提示できない場合は、米国をTPPから完全に撤退させるとさえ述べた。TPPがオバマ大統領の「死に体」政権の下で通過する望みは、上院多数派リーダーのMitch McConnell氏がそれを阻止することにより打ち砕かれた。

米国におけるこうした猛烈な反TPP感情はいくつかのアジア諸国に波及しており、この協定が通過するかどうかについて、TPP協定の潜在的な勝者となるべき国々は不確実な状況に置かれている。ベトナムなどの国々では、TPPは大きなメリットをもたらすと予想されている。クレディ・スイスは、ベトナムでは今後10年間でGDPが10%も増加することになると予測した。Peterson Instituteは、関税の段階的撤廃によりベトナムの履物・衣料品産業の輸出は、2025年までに46%も増加するだろうと推計した。

TPPはベトナムがアジア市場の最前線に躍り出ようとしている重要な時期に発効する。ベトナムは、タイのYingluck Shinawatra元首相による米の補助金制度が見事に裏目に出た際、タイの大規模なコメ輸出市場の一部を獲得するなど、何度かビジネスチャンスをものにしてきた。ベトナムは迅速に需要に応えることで、世界の米輸出においてインドとタイに次ぐ第3位に名乗りを上げた。しかしベトナムが最も優位性を持つ産業は活況の衣料品部門であり、TPPにより多くの利益を得ることが予想されている。中国では人件費の急騰に直面している一方で、ベトナムは低コストでのアパレル主要生産者としてその中国に取って代わろうとしている。2013年にシンクタンクのStratfor社は、低価格製造業のグローバル拠点として中国に代わる16カ国のリストにベトナムを挙げた。

 

(後編につづく)

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最終更新:2016年07月26日11:11

タイ:伝統衣装ブーム到来

タイの産業省は2003年から2006 年にかけてバンコクをファッションの首都にしようと10億バーツも費やしたものの、その試みは失敗に終わった。しかし先週、たった一着のドレスが国民全体の心をつかみ、伝統衣装を着てタイの文化を盛り立てていこうという機運を高めることとなった。

そのドレスとはもちろん、並のものではない。バンコクポスト紙によると、そのドレスは現在の所有者Mussamont Jansiri女史が母から受け継いだもので、母自身もまた、彼女の母親から受け継いだという。そのドレスの輝くタイシルクと複雑な織地はタイの伝統的な儀式やタイ舞踊を想起させる。そのドレスを着て、Moussamont女史は買い物に行き、その姿を見かけた誰かが写真を撮り、オンライン上に投稿した。

Mousammont女史はたちまちネットアイドルとなり、タイ人としてのアイデンティティを誇るかのようなその着こなしに賞賛が寄せらせた。古いものが新たなシックとなる、というこの現象は、たちまち全国にMousammont女史のスタイルに追従する人々を生み出した。セレブリティもその例外ではなかった。「民族衣装保存の日」を創設するためのオンライン請願が始まり、現在すでに1万人もの署名を集めている。

服装がタイの文化的・政治的話題となるのは、これが初めてのことではない。ラーマ5世の時代、拡大しつつあった西欧文化の影響を受けてタイの公務員のドレスコードが制定され、現代化された。1940年代始めには、Plaek Phibunsongkhram陸軍元帥が率いる政府が「タイ国際ドレスコード」を制定し、人々がchong kraben、下半身の巻きスカートの着用を止め、巻きスカート、シャツとズボンを着用するよう呼びかけた。ソンクラーン祭やタイ式の結婚式等で今日人々が目にするタイの伝統衣装は1960年代にシリキット女王が伝統衣装を簡易化し、流行らせるために開発したスタイルに基づくものである。最近では2011年に公務員が週に一度は国産生地の服を着るよう求められ、また学生・教師に週一度伝統衣装を着るよう求める学校もある。

Mussamont女史と彼女の追従者らは非常に美しく、かつ非常にタイ式に装っている。しかし、ただの買い物のためにそのような格好をすることが人々の注意を惹いた理由は、タイ人としてのプライドの問題ではない。それが奇妙で、普通ではない光景だからだ。人々が過去数十年にわたってそのような格好をしてこなかったことには、理由がある。伝統衣装はおしゃれと考えられていなかったことに加えて、実用的ではないのだ。今日のタイ人が西洋文化からもたらされたTシャツ、ジーンズ、タンクトップやビキニを着るのは、気温がしばしば40度を超えるような気候の元では、そうした格好の方がより快適であるためとも考えられる。今日的基準においては、美しいが重いシルク製の服は実用的ではない上に、着心地もよくない。

伝統衣装はタイの伝統と文化を代表するものであることは確かだ。伝統衣装を今日に蘇らせ、現在のライフスタイルに近づけようとすることには何の問題もない。しかし、多くのファッションの流行と同様、これは万人向けのものではない。大げさな宣伝をバカバカしいと思う人もいれば、これは現代において適切なのかと疑う人もいるし、タイの衣装を着ることがタイの文化を盛り立てることに繋がると思うこと自体馬鹿げていると感じる人々もいる。このファッションを巡って対立する二派の緊張関係は深刻だ。京都大学の准教授で、タイ政治についてよくコメントを求められるPavin Chachavalpongpunなどは、この伝統衣装の流行について騒ぎすぎだとコメントしたせいで、反タイ的とのレッテルを貼られる羽目となった。

文化とはあいまいな概念だ。1952年に人類学者であるKroeberとKluckhohnが文化を定義付けようと試みたが、彼らは結局150 もの定義のリストを作成することに終わった。「文化」は2014年に辞書サイトMerriam-Webster.comで最も頻繁に検索された言葉でもある。タイで「民主主義」が混乱を生む言葉の第1位であるとしたら、「文化」の順位もまたかなり高い。

文化があまりにも曖昧であるのに対し、タイ文化はあまりにも狭い。文化の定義を、最も広く使われているように「ある社会の生活様式」と仮定するならば、タイ文化とはタイの伝統のみを指すものではないはずだ。文化とは、タイの文化省が選定し、認めたものばかりではない。生きることで、私たちは自然と私たちの文化を形作っているのだ。

タイの伝統衣装はタイのアイデンティティや文化の全体を代表するものではないが、この流行とそれがもたらした社会現象はタイの現代社会をよく反映している。私たちは多くのタイ人がこの流行を愛国的行動と考える文化に生きている。私たちは伝統を批判する人々をタイ人らしくないと捉える文化に生きている。わたしたちは、正しくあることが論理的であることに勝る文化に生きている。

伝統衣装の復活は多くの人々を驚かせたが、この流行が終わってもそれに気づく人は多くはないだろう。インターネットのメモリに残るのは、記録的に早く拡散した流行という事実だろう。タイ式民主主義の文脈においては特に、タイ文化を定義するのは困難かもしれない。しかし、タイ文化を「タイ人らしさ」と言われるようなある一定の価値観に矮小化しようとすれば、今回の伝統衣装の復活を気にかけてもいないような同胞たちはその枠外に取り残されてしまうことになる。タイにおいては「ナショナリズム」も様々な意味を持ちうる。しかし、意見が違う他者を排除する、というのを定義の一つにしてはまずいだろう。それがいかに適切に思われたとしても。

 

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最終更新:2015年04月18日06:09

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