インドシナニュース

2017年12月 のニュース一覧

賃金未払いの労働者達がファッションブランドに正義を要求

繊維業界では予期せぬ突然の工場閉鎖が世界中で増加傾向にあるが、債権者に対する負債よりも労働者に対する負債を優先する法的手続きを採用している国はまだ少ない。

カンボジア、トルコ、インドネシアで2012年から2016年の間に閉鎖した3工場では、労働者や活動家達による、退職金や最終賃金に対する要求が強まっている。

世界的な反対運動が来週予定されていることから、M&SNext、ユニクロなどの小売店に衣料品を以前納入していたカンボジア、トルコ、インドネシアの工場では、退職金と最終賃金に関する和解を呼びかけている。

労働権利団体のLabour Behind the Label及びClean Clothes Campaignによると、2012年から2016年にかけてカンボジアのChung Fai工場、トルコのBravo factory工場、そしてインドネシアのPT PDK工場・Jaba Garmindo工場が閉鎖し、従業員は未払い賃金や退職金を支払われることなく職を失った。

プノンペンに拠点を置くChung Faiニットウェア工場は、20166月の倒産を受け翌月に閉鎖された。

最終月の給料と法的な退職金を合わせて55万米ドルが必要であるとして、労働者達はその後未払金を求めて抗議活動を行なった。

労働者達は、M&SBonmarché、カナダのブランドであるNygårdなどのブランドのラベルがついた衣料品を集めた。M&Sは以前、Chung Fai工場に同ブランドの製品を作る許可は与えたことがないと発言している。BonmarchéChung Faiとの契約関係を当初は否定していたが、後に同ブランドの服がChung Faiで生産されていた可能性があることを認め、問題が解決するまで今後の注文は行わないと公式サプライヤーに告げたとされている。一方でNygårdは関与を一切認めていない。

労働者団体によると、女性が大半を占める労働力に対しては一切の警告や説明なしに、主要なバイヤーが注文を取りやめることがしばしその原因となり、工場が閉鎖するという。「労働者達やその家族にとって、その結果は悲惨なものです。」

「毎年合計で数十億もの年益を稼ぎ出しているにもかかわらず、関わったブランドは全て、こうした工場の労働者達に未払い賃金や退職金を支払うことを拒んでいます。これらブランドの服を生産するために長年に渡って一生懸命長時間に渡って働いたお金であるにもかかわらずです。」と労働者団体は語った。「Labour Behind the LabelClean Clothes Campaignでは、こうした労働者達に支払いを拒むことは賃金泥棒に等しいと考えており、労働者達が支払いを取り戻せるようこれまでに関わった全てのブランドに対して呼びかけています。」

活動家や労働者達は、「賃金泥棒」に終止符を打つよう呼びかける1214日〜20日の抗議運動に参加することを計画している。「インドネシア、日本、トルコ、ドイツ、イギリス、スイス、オランダ、カナダ、香港など、9カ国で声明の発表や抗議活動が行われる予定です。」

繊維業界では予期せぬ突然の工場閉鎖が世界中で増加傾向にある。債権者に対する負債よりも労働者に対する負債を優先する法的手続きや、最近解雇された労働者が利用しやすい法的システムを採用している国が少ないため、主要ブランドの注文取りやめを受けて工場が倒産した場合は労働者にとって特に大きな問題となる。

しかしながら、ブランドに対してプレッシャーをかけることが成功を収めた例もある。

2012年後半、カンボジアの閉鎖されたKingsland工場にて、200人近くの繊維労働者が、工場の資産が剥奪されないよう、工場前で1ヶ月近く寝ずのデモと抗議キャンプを行なった。これが20133月のWalmartH&Mとの歴史的な示談につながった。

同様に、インドネシアのスポーツウェア工場がPT Kizoneが閉鎖したことを受け、2014年にはAdidasもインドネシアの2800人の繊維労働者達に180万米ドルを退職金として支払うことに合意した。現在ではAdidasPT PDK工場の閉鎖に関わっていたとされている。



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最終更新:2017年12月23日06:01

各国の伝統衣装

先週ブルネイのBandar Begawanで開催された第6回アセアン伝統的織物国際シンポジウムにおいて、各国先住民の織物やその利用に関する興味深い研究について議論された。

私の興味を引いた論文の一つに、東南アジア織物に関する著名な専門家であるカナダのSimon Fraser大学のMichael Howard博士のものがあった。

Howard博士の研究は先史時代以来続く伝統衣装の中でも、東南アジアの男性衣料に特化しており、上半身はなく、下半身用の短い腰布や樹皮布についてのものである。こうした衣料は、支配者、交易者、宗教家など、全身を服で覆っている人々との交流によって変化が生じていったという。男性らはまだ腰布を着用する一方で、上半身用の衣類がオーバーシャツ、もしくはプルオーバーの形で取り入れられた。ヨーロッパで産業革命が起き、東南アジアへの輸出が盛んとなった時代には、より多様な外国のファッションが持ち込まれたが、その中で交易された製品の1つがmalongとして知られる男女向けの巻き衣料であった。この衣装は地元民の服装の一部となり、各国の伝統的な織物によって生産されるようになった。

時代が近代、現代ファッションに向かって進展するにつれ、東南アジア人の上半身用衣料は外国や西洋のものを取り入れていったが、下半身用には伝統的衣装が残された。例えばインド洋を囲む地域にはsarongがある。ズボンは中央アジアの遊牧民に由来するが、それが中国西部に渡り、男性、女性向けに取り入れられた。ズボンはまた、中東、特にパルチア人(後のペルシャ人)にも採用された。このように、ファッショントレンドは当時も世界中を巡っていたと言える。Howard博士の論文は東南アジアに特化しており、中央アジアとペルシャ宮廷服がいかに東南アジア諸国に影響を与えてきたかについて示されている。例えばタイ人はペルシャ宮廷服の影響を受け、反形式的で無着色、装飾品のない今日のゆったりとした巻きパンツ(これは私による説明)として取り入れ、軍服の一部にもなっている。

一方でベトナム人は、中国のガウンをシルクで取り入れ、またフィリピン人はオーバーシャツを、タックはつけずに刺繍を施し、piña や綿などのフィリピン原産の天然素材で制作したbarong tagalogに発展させた。

ミャンマーでは実用的ではないものの、自国の美しい環境と文化の象徴として、伝統衣服をそのまま現代にまで受け継いでいる。

時代に応じて東南アジアの男性は西洋のスタイルを取り入れていったのに対し、女性向けには伝統的な衣装が根強く残った。ベトナム人やラオス人の古い写真を見ると、伝統的なドレスをまとった女性とスーツを着た男性が一緒に写っているものがあるが、これは20世紀のこうした状況を示す1カットである。

時代は進み、第二次世界大戦後に東南アジアと環太平洋諸国が数年おきに開催しているアセアン、およびAPEC首脳会議を取り上げてみよう。これらの会議においては通例として、各国首脳や出席した政府要人がホスト国の伝統衣装を着て写真撮影を行うこととなっている。

その流れでフィリピンでは、ニュージーランド首相がbarong tagalogについて、「かゆい」とか「チクチクする」とコメントしたとメディアが報じ、世界中にフィリピン人の衣装として紹介された。

ベトナムで主催された際は、シルクガウンをまとった参加者のグループ写真が紹介され、タイでは伝統のシルク・シャツ、中国でも(現在のフィリピン駐在の中国大使がいつも着ているような)シルク・シャツが使用されたが、すべての衣装には独特のシルクデザインと伝統的な色彩が施されていた。ペルーではウールのポンチョ、チリでは着衣の上に羽織るカラフルなウールのブランケットが紹介された。別の回でペルーは、撮影に臨む人々の肩の上から羽織る長いウールのスカーフを採用するなど、その国々独自の伝統的な織物が紹介された。またカナダでは革製のボンバージャケットを着た参加者が迎えられた。こうした衣装は、各国にとっておなじみの、伝統や環境などに対する考えを反映したものとなっている。

ここで西洋各国の報道機関にとっての楽しみが始まる。こうした衣装がどのように各国の環境、すなわち暑かったり寒かったり、利用可能な素材や工芸品などにいかにうまく適合してきたのかを理解しようとは一切せず、ものめずらしい衣装を着て撮影される人々のコミカルなイメージをとらえることに終始する。そして結局、メディアによって報じられた誤ったイメージの喜劇のようにされてしまう。

時にメディアは、すべての批判的な形容詞によって、こうした衣装を着て撮影された写真から否定的なコメントを引き出すことだけを狙っているようにも見える。私はニュージーランドの首相が、barongドレスを否定する意図があったかについて疑問に思う一人である。彼女は否定的に聞こえるコメント一つによって、いくつかの肯定的なコメントが無視されたのではないだろうか。否定的なコメントをメディアが打ち出すことによって、同様の否定的な反応を生むセンセーショナルなニュースとなる。関係者全員を巻き込んで彼らは楽しんでいるのである。

すべての国が近代へ向けて旅をしている。各国の旅についてそれぞれの起源や、どのように進化してきたか、そして一体どんな理由でそうなったのかを理解する必要がある。そうすれば人は、今日の姿やそれがどのように息づいているのかを本当に理解することができる。そしておそらくそうすることによって、より教養高い、知性豊かな視点、コメント、反応を得ることができるであろう。



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最終更新:2017年12月09日06:02

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