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カンボジアは衣料産業モデルとして未成熟

カンボジアのアパレル生産の歴史は浅く、労働条件改善は困難である。

この小さな東南アジアの国は、労働者保護の目的で厳しく工場を監視していたために、世界のアパレル産業のモデルになると見られていた。

しかし、国連の国際労働機関(ILO)が好調なカンボジアのアパレル製品貿易を管理するための世界初のプログラムを立ち上げた12年が経ち、多くの工場では、労働者の権利の乱用を含めた基本的な問題をもっとしっかり監視する必要があったのだと労働運動家らは言う。

5月の2つのカンボジアの工場の事故では、かたや2名の死亡者が出て、かたや製靴工場の一部が崩れ、危険な状況が続いていると警告していた活動家らの指摘を裏付ける格好となった。カンボジアの野党は、労働条件を、7月28日に予定された国政選挙に向けての大規模なキャンペーンのテーマの1つにしており、現在の最低賃金レベルを現状から倍近くの150米ドルとし、労働時間を1日あたり8時間まで制限するよう求めている。

衣料産業を変えようとするカンボジアの戦いは、4月の縫製工場ビルの崩壊で1,100人以上がなくなったバングラデシュに教訓を呈するものである。あの事件以来、H&Mやウォルマートら小売業者は、工場の監視体制を強めると誓約している。一方、国際労働機関(ILO)は、カンボジアのプロジェクトから教訓を採り入れ、バングラデシュで工場監視のプログラムを実行することを考えていると次長Sandra Polaski氏は言う。

しかし、カンボジアでは経験不足で、労働条件を根本的に改善することは困難であるという。

「問題の核心はサプライ・チェーンの構築方法で、最も弱い労働者を搾取する方法です。」とアジアの労働問題に焦点を合わせた非政府団体アジア・モニター・リソース・センター所長Sanjiv Pandita氏は言う。労働運動家は、政府、工場、ブランド、さらにいくつかの組合さえ自身の経済的利益のために労働コストを抑えると言う。労働者は、たいてい非常に貧乏で、無教育で、レバレッジの作用がほとんど利かない。

「多くの不正がカンボジアにあります、」何年も工場改善に尽くしたのに、とLao Bunnaさんは言う。彼女は、首都プノンペンまでの未整備の道路沿いに立ち並ぶ、頑丈な柵で囲われたアパレル工場コンプレックスの1つで働いている43歳の女性である。

窓が少なく、通気が悪いので、Laoさんの工場の労働者らはしばしば眩暈を感じると言う。彼女の上司は、残業を拒否するなら解雇すると彼女ら従業員に言ったと付け加えた。工場経営者からの報復を恐れて、彼女は労働組合への加入を断った。

彼女の不満は、過度の時間外労働や酷暑の工場環境での強制労働を禁止し、労働組合結成の権利を保護することになっているカンボジアの法律や法の遵守を監視するボランティアの国際労働機関(ILO)プログラムと現実との乖離を指している。

工場の職員はこれらの問題についてコメントを差し控えた。カンボジア労働省長官Oum Mean氏は、取り締まりのために適所に適切な法律を持っているので、カンボジアの縫製工場にはそうした問題は存在しないと述べた。

「工場が労働法に従わないなら、罰します。」と彼は言う。また、カンボジアの労働コストは競争力があるので、投資家がカンボジアにやって来るし、牽いては、カンボジア人の暮らしを改善できるのであると述べた。

カンボジアは1990年代に世界のアパレル生産シーンで弾けた。1970年代後半に推定では170万人の生命を奪ったポルポト政権の大量虐殺からやっと立ち直ったばかりのカンボジアにとって、開発の専門家らは繊維産業を成長の屋台骨とするチャンスであると見做した。

廉価な労働力を利して、プノンペン住宅地域と郊外の水田などの農地に工場が出来ていった。カンボジア衣料製造協会書記長Ken Loo氏によれば、現在、462の輸出工場があると言う。彼は、古い記録を持ち出して、2001年には輸出工場の数はわずか185だったと言った。

しかし、急速な成長は労働搾取状態に対する不満を募らせた。活動家が解決策を求めたとき、米国の当局者は、1999年の取引協定をカンボジアと交渉した。カンボジア企業が労働基準を改善すれば、米国政府は、当時衣料品輸入の際にクォータのあった米国市場への参入を拡大すると申し出たのである。国際労働機関(ILO)は、改善の進捗を監視するために今日Better Factories Cambodiaという名で知られる団体を現地に立ち上げた。

Better Factories Cambodiaは、労働問題に関して、工場とビジネス・パートナーと一般大衆を教育する巨大な力だったと労働組合のリーダーと活動家は言う。プログラム開始以来、多くの工場の状況が向上していると言う。

プログラムは、工場が少なくとも最低賃金を支払うようにし向け、カンボジアでの中立的な仲介者として役割を果たしてきたとBetter Factories Cambodiaチーフ技術顧問Jill Tucker氏は言う。プログラムへの資金供出先は、カンボジアの国際的なバイヤーと政府と衣料製造協会だけでなく、米国などの外国政府にまで及ぶ。

しかし、国連プログラムは、先進国向けの衣料輸入のための割当てを設定した1970年代から続く多国間繊維協定(Multi-Fiber Arrangement)の失効で2005年には歯抜けとなった。クォータ制度の終焉は、米国が以前は圧力をかけて、工場を変えていた重要なレバレッジの原理を取り除いた。

工場の経営者らは米国市場への参入の保証を失うことを心配し、別の側面から国際労働機関(ILO)に迫り、Better Factoriesが公開レポートで縫製工場を名指しするのを止めるように要求したとPolaski女史は打ち明ける。彼らは、競争の激しい国際貿易環境の中で否定的な査定はビジネスにとって命取りになると考えた。

プログラムは同意したが、Polaski女史はこれをカンボジアの進歩を浸食した「誤った決定」と呼ぶ。プログラムは、現在、機密報告書を提出し、工場のビジネス・パートナーらにはそれらを買う選択肢が残されているだけである。また、プログラムは工場の名指しのない査定の公開概要を発表している。

国際労働機関(ILO)は、現在、世界中のあらゆる監視プログラムにおいて高い透明性を要求しているとPolaski女史は言う。その中には、カンボジアやバングラデシュのあらゆる潜在的ベンチャーも含まれる。

衣料製造協会のLoo氏は、工場には力がないので、プログラムを変更することはできなかったが、国際労働機関(ILO)の現在の報告方法は「名指しして、恥ずかしめる」よりはるかに良いと言う。

Better Factories主導の長期の有効性は最近の2件のレポートで非難の的となっている。その2件のレポートとは、カンボジアの共同体法的教育センターとオランダに拠点を持つClean Clothes Campaignによる2012年8月の評価とスタンフォード大学法学部学校と米国に拠点を持つ労働者権利協会による2013年2月のレポートである。それらが特定した未解決の課題の中には、過度の低賃金、独立した組合の欠如、組合に参加して利益を要求する労働者の権利の侵害があった。

5月に、カンボジアの最低賃金は、この10年間以上で、最大の上昇幅を記録し、月額66米ドルから80米ドルに跳ね上がった。これだけの上昇幅にもかかわらず、インフレ分の調整をすると、カンボジア人の縫製産業労働者の賃金は2000年当時と同等であると労働者権利協会東南アジア部門長Bent Gehrt氏は言う。

その間、経営者側は、労働者との契約について、3ヶ月もしくは6ヶ月の短期契約を多くし、労働者が組合に参加したり、ボーナスか産休を要求したりすれば、労働契約を容易に打ち切れるようにしていると評論家らは言う。2013年4月のBetter Factories Cambodiaのレポートには、評価した新規登録工場の90%では、労働者が皆、短期契約であると記されている。

「組合が口悪く言っているが」短期契約は言うほど悪いものではないと衣料製造協会Loo氏は言い、数ヶ月間は給料を保証され、満了でのボーナスを含んでいるので、実際には多くの労働者が好んでいると言い足した。彼は、また、弱い組合に関する不満も履き違いだと言った。「労働者こそ権利を濫用していますよ。カンボジアではどれだけストライキが起きていることか。」と彼は言う。

Better Factories CambodiaのTucker女史は、プログラムの影響が弱くなっていると認めるが、透明性を高めたりといった新しい戦略が助けとなることを望んでいると言う。

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最終更新:2013年07月11日

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