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カンボジアの日の出:T.K.縫製は、廉価な賃金を求めて国境を超える

政府が全国的に日給の最低賃金を300バーツとすると決定したとき、労働集約型産業は日暮れがまもなく訪れるのだと知った。

会長Thaveekij Jaturajaroenkhun氏は、製品の間にあって、指差して言った。「向こうに行って、一から出直しだ。」

しかし30年経ったT.K.縫製のここでの日暮れは、あちらでの新しい夜明けを意味した。

タイの人気の主要な相手先商標製造会社(OEM)として、同社は高い賃金経費を逃れ、最大の生産工場を北西カンボジアへ移転した。

「会社が32年前できたとき、労働力はふんだんで、中国のような巨大な生産国と簡単に競争できました。」と会長Thaveekij Jaturajaroenkhun氏は言う。

「しかし、今日、我々の事業はその日暮れに向かっているので、成長するためには出て行く必要があります。」

他の10の縫製会社も近隣諸国、特にカンボジアとベトナムへ移転するところであると彼は言う。

12人の従業員と7台のミシンによるだけみすぼらしい工場から出発して、今やT.K.縫製は、バンコクとミャンマー国境沿いのTak県Mae Sotに2つの工場を有している。それぞれ1,200人と2,500人の従業員を抱え、そのほとんどは移民である。

2つの工場は、連動して操業し、合わせて月産50~60万枚の生産能力があるが、そのうちMae Sot工場が全体の65%を占める。

すべての売上は国内市場向けだが、全部で80枚の顧客ラベルがある。完成品は、対象となる年齢や職業も様々である。

「カンボジアの新しい工場が来年6月に活動を開始するとすぐに、我々は段階的にMae Sot工場を閉鎖します。」とThaveekij氏は言う。

1億5000万バーツの投資額で、新しい工場はBanteay Meanchey州Sisophon工業団地にある。

工場は1ヶ月につき100万枚の生産能力があって、次の2年で少なくとも3000人を雇用する。

「地域の最低賃金がタイでより数倍低いので、カンボジアへの新しい投資は有利です。我々は中国などの国とさえ競合できます。」と彼は言う。

カンボジアの最低賃金の日給は、およそ51バーツである。

工場移転後のもう一つの要因は顧客需要だった。「顧客は、高い賃金経費が影響することを心配して、来年に生産される商品はタイ製ではなく、カンボジアまたはベトナムで生産されなければならないと言い始めました」と、Thaveekij氏は言う。

低賃金労働を越えて、T.K.縫製は、ヨーロッパへの低関税輸出ができるGSPの貿易条件をもつ国としてカンボジアから利益を得た。

Thaveekij氏は、現在同社によれば、中国が世界的な生産工場となりはじめた10年前のタイに遡ったように、ヨーロッパ、米国、日本にその製品のおよそ60%を輸出する予定である。

製品の残りの40%は、0関税でタイに輸出する。

10%以上の利益で、Thaveekij氏は会社が3年以内で投資を回収したいとしている。

長年にわたって政府と研究者は、タイ企業はもはや安価な賃金労働に基づいて競争できず、ブランドを付けて付加価値の高い商品を提供するために製品を格上げしなければならないと言ってきた。

しかし、これらの提案は彼のビジネスには適当でないとThaveekij氏は言う。

「OEM生産で他社のブランド生産の契約をしているとき自社ブランドの製品を生産するのは不可能です。自社ブランドを作ることにすれば、デザインをコピーされて、結局は競争となるかもしれないので、顧客は信用しなくなります。」と彼は言う。

「類似のビジネスに対して競争力を維持するために、生産は顧客要求に柔軟でなければなりません。」

ある特定の製品に固執することなく、顧客にワンストップ・サービスを提供していくと彼は言う。

近隣諸国に投資する際に重要な要因は信頼できるビジネス・パートナーを持つことであるとThaveekij氏は言う。

同社はカンボジアで縫製事業を開始したばかりだが、同社はこれまで20年間、カンボジアでホテル、レストラン、旅行代理店を運営してきた。

「結局のところ、たとえ状況が本当に厳しい場合があるとしても、成功は自分次第です。怠惰でない限り、人ができないことは何もありません」とThaveekij氏は言う。

40年以上前、町で働くためにPathum Thaniの家を出て以来ずっと、彼は自分自身に何度もこう言って聞かせてきた。

生計のために野菜を栽培していた中国人家庭に生まれたThaveekij氏は言う。「私は貧困から逃れるためにバンコクへ引っ越ししましたが、今とは違う素晴らしい人生を作り出そういう、非常に断固たる決意がありました。」

彼は縫製工場で仕事を提供されて、裁縫、仕立、納品を含むあらゆる工程を12年費やし、その後やっと生産マネージャーに昇進した。

「本を読むことを通してではなく、現実の経験を通して、私は衣類について学びました。もしあなたが現在私に聞くならば、私は衣類製造については博士号を持っていると言えます。」と彼は言う。

 

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最終更新:2012年12月11日

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