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ミャンマー:タイとの国境におけるダウェイ経済特別区(前)

ミャンマーとタイの国境に位置するダウェイを経済特別区と工業団地にする大がかりな計画は地元住民の反対を受けている。

 

エンジニアであるSuphap Satthathum氏が、タイとの国境に位置するミャンマー最南端、タニンダーリ地方域の港町ダウェイ近くの大きな曲線をもつ海岸を通り、熱帯低木林のジャングルに足を踏み入れてから、すでに8年もの長い歳月が流れた。

しかし今日では自社で建設した桟橋を通り、来訪者に27平方キロにおよぶダウェイ経済特区(DSEZ)の第1フェーズを案内しながら、新しい取り組みがあることを発見している。

出だしで躓いたり、根強い不信感があったにも関わらず、静かで孤立したアンダマンの沿岸をアジア最大の工業地帯に転換させようという大がかりな開発は、現場で見るとのほとんどはまだ開けた土地ではあるが、ようやく好転してきているかもしれない。

ダウェイ経済特区(DSEZ)は2008年にミャンマーとタイ両国間の覚書からうまれたもので、海外からの直接投資、雇用の創出と成長の促進を目的とした国内の三つの経済特区の一つである。

バンコクを拠点とするイタリア-タイ開発(ITD)はダウェイ経済特区(DSEZ)を開発する50年の特権を与えられ、プロジェクトの第1フェーズに着手している。

現地のイタリア-タイ開発(ITD)社では現場の大きな地図や空中写真が、草木のない土地に建つビルの大きなポスターに展示されている。現場のプロジェクト責任者であるSuphap氏は建設中の建物を自慢げに案内してくれた。やがて何千もの労働者の住宅となるはじめのいくつかだと言う。

第1フェーズがターゲットとしている業界は自動車部品、家具、家電、衣料品と皮革、缶詰工場、冷凍食品、薬剤やゴム加工である。イタリア-タイ開発(ITD)は投資家に対して土地を提供すべく提案しているが、合意に至った取引があるかどうかは不明だ。約束された雇用はまだ実現しておらず、まだまだ地元住民の支持を得なければならない状況である。

 

出だしから不安定

経済特区の問題の一つはその発端にある。非常に嫌われていた軍事政権時代に計画されたもので、軍事政権が今や半民間政府にとってかわられても、不信感という塊をぬぐいきれず、払いのけるのに奮闘してきた。

「決して実現しません。」タニンダーリ地方域の首都ダウェイで携帯電話と関連商品の店舗のオーナーであるEi Ei Myint氏(35歳)は言う。

「信頼の問題です。私たちは政府を信用していないし、彼らがこの種の産業育成に対処できるはずがありません。土地の押収や補償など、彼らが解決できていない問題はあまりに多いのです。」

地元住民を悩ませる課題は他にもある。ダウェイ内や周辺で行われた複数のインタビューで、東は何キロも続く自然のままの海岸、西は尾根に囲まれた緑豊かな田んぼや川の地元住民らは、大気や水の汚染を心配しているとのことだ。

彼らはイタリア-タイ開発(ITD)がタイから労働者を連れてきたことを快く思わず、外国の人々が元々保守的な地域社会に強欲さや悪習をもたらすのではないかという懸念を持っている。「ビジネスチャンスという意味においては前向きですが、社会的な問題という意味においてはマイナスです。」とEi Ei Myint氏は不安をあらわにした。

Myat Ko首相(chief minister)はインタビューのなかで、土地所有や補償の問題は複雑であることを認めた。プロジェクト開発者が、地元住民が何を必要としているかを十分に理解できていないという事実は全く役立っていない。

例えばダウェイ経済特区(DSEZ)のために土地が取得される地元住民のためにイタリア-タイ開発(ITD)が構築した移住先の村であるバワでは、新しい家は十分な大きさで頑丈にできているが、田んぼやカシューナッツの果樹園に囲まれた分散した村落のなかの、地元住民が慣れ親しんでいる空地が無い。ほとんどの家は空き家のままで、雑草に囲まれている。

プロジェクトへの反対運動は2010年に勢いを増し、その後タイのアピシット・ウェーチャチーワ首相がダウェイのプロジェクトについて、テレビで以下のように述べた。「いくつかの産業はタイに置くにはふさわしくない、だからそこに持ってくるのです。」

 

廃棄場

ミャンマー政府はミャンマーが公害産業の廃棄場となることをすばやく否定した。しかしながらアピシット氏のコメントは結果的にミャンマーに政治的な自由がもたらされるにつれて発言権が強まり、聴衆も増えつつある市民社会団体らに注意を促す結果となった。

地元の活動家はタイの活動家と接触し、タイへ視察旅行に訪れた。ダウェイ出身でMyanmar Knowledge Society代表のZaw Oo氏もそのうちの一人だ。

「ダウェイのプロジェクトは地元住民に関心のない軍事政権下ではじめられたものです。」Zaw Oo氏はインタビューのなかで語った。「環境影響評価を全くせず覚書に署名しました。私たちが若い人たちにプロジェクトを監視するよう組織化したら、それが市民社会活動に発展したのです。」

2009年、29の村が移転するはずだった。「新しい村の場所は存在しましたが、インフラは何もありませんでした。」と氏は語る。「村人たちは移転を拒否しました。」

しかしながらプロジェクトへの反対運動は微妙に異なる見解を持つ。「ダウェイの人々は深海港建設については賛成しています。」とZau Oo氏は説明した。「しかしダウェイ経済特区(DSEZ)に対しては様々な懸念を持っています。」

最も深刻な問題は石炭火力を動力とする2,000メガワットの工場、ダム、そして貯水池だ。石油化学の施設に関する別の計画も存在する。

これらの計画に対して懸念が生じている。環境影響評価を行っているバンコクのチュラロンコン大学の研究者らは、腹を立てた地元住民にダム現場から追い出された、と活動家らは語った。

 

(後編につづく)



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最終更新:2015年10月03日

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