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ベトナム:伝統衣装「アオザイ」―ベトナム文化のシンボル

ベトナムの伝統衣装はただの衣服ではなく、ベトナムの美しい文化である。ベトナムの人々の人生に対する姿勢を伝え、ベトナムのアイデンティティと精神を表現している。

国の歴史を通し、ベトナムの人々は、文化の伝統、規律、家族の永続性と価値を守るため、常に外国からの侵入に対抗してきたように見える。アオザイはベトナム芸術の素晴らしい産物である。優雅な美しさと構造に加え、祖先の「正しい振る舞い」についての隠された意味を教えてきた。アオザイはベトナムのアイデンティティと精神が創りだしたものでもあるのだ。

中国に支配されていた1000年以上の間、そしてフランス植民地であったほぼ100年の間、東洋(中国)と西洋(フランス)の2つの強力な文化にさらされたが、アオザイは全ての困難を切り抜け、女性のシンボルであり、ベトナムの人々の誇りである「国民の衣装」となった。アオザイはベトナム女性の「国民の魂」だといえるだろう。

ベトナム女性の伝統的な衣装であるアオザイは、2枚の布が身体を抱き包むような構造で、立襟を持ち、丈は膝まである。腰部からスリットが入っており、あでやかで、肌を露出するわけではなく、若い女性の身体のラインを引き立たせるだけだ。「ベトナムの女性がいる場所には、ベトナムの伝統衣装がある。」と言われる。ただの伝統的な衣服というわけではなく、ベトナムの人々の姿勢、精神を語る文化である。言い換えると、ベトナム女性の「国民の精神」なのである。

1960年代後半から70年代初期にかけて、ミニスカート、裾の広がったズボンといった、若者のヒッピースタイルに習った近代的なファッショントレンドを取り入れるため、ミニアオザイが登場し、すぐに流行した。上衣のスカート部分は短く、タイトに縫われ、膝丈であった。上部はゆったりとしていて、ウェスト部分は絞られていなかった。しかし、体のカーブに沿った形は残った。襟は3cm低くなり、肩の部分はラグラン型でカットされ、胸部と袖の間隔が狭まった。同時に、下衣のパンツは非常に長く、裾幅は60cmになった。これ以降1990年代にかけては、パンツと上衣が同じ色をしたものなど、ときおり革新的なものも現れたが、人気にはならず、伝統的なスタイルからあまり離れることはなかった。

ベトナムでは、伝統衣装は年齢を問わず着用される。正式な場や、国民の休日、結婚式、新年、卒業式、または重要なコンテストではアオザイを着るのが通例となった。特別なイベントの際や、テレビ番組に出演するとき、ベトナムの女性は常に「アオザイ」を着るのは、単純に、自分の美しさが引き立てられるからだ。一方で、ベトナムの衣装が世界中でベトナムのイメージアップに貢献したのも事実だ。

国内の衣装コンテストであるミス・ベトナムに登場しただけでなく、ベトナムの伝統衣装は世界中で披露された。2001年5月6日、アオザイは初めてフランスのトゥール市に紹介され、およそ300人のベトナム文化のファンが出席した。アオザイはベトナムの無形文化遺産として認識されている。

ベトナムで開催される国際的なイベントでも、例えば2006年にハノイで開かれたAPEC首脳会議には、各国の首脳がベトナムの伝統衣装を着て出席した。2007年のミス・アースでは、ベトナムの独特な衣装に魅了された、様々な国から参加した女性達が、ホーチミン市で「アオザイ」に身をつつみ、ヤシの葉の菅笠をかぶり、晴れやかに登場する場面もあった。また、2009年に開催されたミス・レディと、他にも様々なイベントに登場しています。

現代のベトナムの伝統衣装はよりスリムに、タイトにデザインされている。首から足首まで体の前後に伸びている2枚の布は、ゆったりとしたパンツを包み、裾は地面すれすれまで伸びている。美しい衣装を作るため、衣装を仕立てる人は、それぞれの人の寸法を知る必要がある。また、衣装は一着ずつ、店で人の手で縫われなければならない。伝統衣装用の材料は豊富で多様であり、生地のサンプルから組み合わされ、多くの場合、線や模様で装飾される。

近年では、「アオザイ」にも様々な革新があり、現代ファッションの要素と民族文化が交わり、世界のファッション・ウィーク、正式な、非公式のお祭りや、国内外を問わず、美人コンテストでも独特なパフォーマンスを創り出している。Minh HanhやSy Hoang、Vo Viet Chung、La Hangといった多くのベトナムのファッションデザイナーは、世界市場で活躍し、Sのような形をした、親愛なるベトナムの文化のシンボルである伝統衣装が、世界で有名になるのに貢献している。



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最終更新:2015年06月20日

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