ベトナムビジネス体験記

第二十五回インドシナ半島の往来今昔

インドシナ半島はアジア大陸の一部で国と国とが陸続きで接している。

ベトナムに住む以前に私はシンガポールに2年ほど住んでいて、ベトナムへの移住は、旅行がてら、シンガポールからマレー半島を北上、バンコクまで来て、そこからホーチミン市に飛行機で飛んできた。それから、ベトナムで17年。合計すると20年、このインドシナ半島地域に住んでいることになる。もっともマレー半島はインドシナ半島に含まれないという説もあるらしいが。

インドシナ半島に限らないが、陸続きの国境は人や物の行き来が容易である。

シンガポールにいたときには、暇なときにはちょっと足を伸ばして、マレーシアの国境の町ジョホール・バルーに日帰り旅行した。

当時からマレーシアに住んで、仕事のためシンガポールに通勤している人もいたし、今もきっと大勢いると思う。

20年ほど昔、シンガポールに入国時には日本人の場合14日以内ならビザなしで滞在できた。初めてシンガポールに赴任したときには入国してから就労ビザ申請をしたのだが、準備が遅れ、ビザなし滞在期間が終了しそうになった。それで、ちょっとマレーシアまで出て、再度シンガポールに入国して、もう14日間のビザなし滞在期間中に就労ビザ申請し、ようやく晴れて就労ビザを取得できた。

ベトナムも2004年から日本人ならビザなしで15日間まで滞在できることになって、ずいぶん旅行客が増えた。

この国も隣国までは極めて近く、たとえばホーチミン市なら隣国のカンボジアまでわずか90km、ベンタン市場からバスに乗って2時間ほどで国境に到着するし、ハノイでも150kmしか離れてない中国国境の友誼関までバスで4時間たらずである。

だから、ビザなし期間が迫ってきたら、ちょっと隣国に足を伸ばして、また戻ってくれば、いつまででもビザなしでいられることになる。ただし、これを何度も繰り返すと、必ずいつかは入国審査官に気づかれて、入国拒否されること請け合いだが。

ベトナムに来たばかりの当時は、車はまだほとんど走っておらず、交通の手段はバイクや自転車にシクロだった。

当時のバイクの高級品といえばホンダのDream2で、そのお値段は3000ドル也。タイ製やインドネシア製がカンボジア経由で流れ込んできていた。それが2000年ぐらいから中国製の安物バイクが登場し、中越国境を越え、北部から南部へ、さらには国境を越えてカンボジアに逆流していった。

インドシナ紛争の時代なら考えられなかった人や物の往来の自由がこのインドシナ半島地域に訪れつつある。

ベトナム人もちょっとお金を持ったら、休みの日には海外旅行を楽しむ時代になった。

フェイスブックなどのSNSでベトナム人が掲載している写真を見ると、シンガポールやアンコールワットで撮った写真が少なくない。

昨年、アンコールワットを旅行した時には、ベトナム人のツアー客がこれでもかというほどたくさんいて、本当に驚いた。

かれこれ7-8年前に中越国境のモンカイの町に行ったとき、中国人旅行者が来なくなって潰れたカジノの残骸があったが、今ではちょうどそれと呼応するかのようにカンボジアとの国境のカンボジア側にカジノが林立している。そのうち、同じように問題が起こって、ベトナム人のカンボジアでのカジノ遊びは禁止とかいうふうにならなければよいのだが。

秋利美記雄

プロフィール:1966年生れ。山口県下関市出身。1995年よりベトナム在住、大手商社勤務を経て、独立、アパレル専門商社及びコンサルティング会社を設立。 Qara Qoromo LLC.社長、My Lang Consultant Co., Ltd.取締役。 ベトナム語他語学に精通、現地企業との交渉は自ら行う。ベトナム在住歴16年。 アパレル情報ウェブサイト"Apparel Resource in Indochina"(www.apparelresource.asia/)を主催。

連絡先Eメール:info@apparelresource.asia

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