ベトナムビジネス体験記

第二十一回 近年のベトナムへの進出のこと

  最近の日本企業のベトナム進出には目を見張るものがある。

  一昔前は業種が限られていたが、今はあらゆる業種で進出が進みつつあるように見受けられる。

  縫製業はベトナムへの進出の歴史の長い分野だが、中国離れの動きの中で、近年さらに加速度を増している。

  だが、品質の要求レベルが高く、その割に商量の少ない日本向けの商材に対応できる工場というのは、残念ながら、ベトナムには皆無に近い。

  そこで、時間をかけ、辛抱に妥協を重ねし、騙し騙しやるか、でなければ、投資して自社工場を出してやるしかない。

  もともと縫製業はミシンさえあればできる産業なので、元手の規模も比較的小さく抑えることは可能だ。かくして、最近の流れは自社工場をつくって、自ら操業・生産する方式である。

  ベトナムの生活環境も10年以上前から見るとずいぶん改善し、日本からいきなり駐在で来ても、贅沢さえ言わなければ生活にさほど支障はない。

  そのため、ホーチミン市やハノイだけでなく、その郊外のずいぶん辺鄙なところにも、駐在して、工場を見守る方々も多くみられるようになってきた。

  そういう工場にもずいぶんと足を運んだ。うまく立ち上がっていく例もあるが、情報不足や研究不足のため、操業の前の段階ですでに逆境に喘いでいる状況を目にし、なんとかしてあげたいと思うことが少なくない。

  取組方法を十分考慮の上、決めても実際の稼働の段階でうまく進めなければ、いい結果は得られないだろう。だが、稼働の前の段階でしくじっては、どんなに稼働をうまく行かせようとしても挽回不能なケースがほとんどではないか。

  かれこれ4、5年前になるが、日本に住む越僑の方の導きでホーチミン市郊外に縫製工場を建てた会社があった。機会あって、建物の完成前に訪れることになった。

  訪問スケジュールを立てる際、まず工場の住所を聞いた段階で最初の疑問を感じた。南部でも有数の規模を誇る大工業団地の名前があったからだ。

  当の越僑の方の案内で、建設中の工場へ向かう道中、投資主である社長さんとその参謀の越僑の方の説明を聞かされた。

  彼らの考えには様々な点で疑問を感じたが、私は招待客の付添役に過ぎなかったので、黙ったまま口を挟まずにいた。

  1時間半をかけて、ようやく現場に到着した。様々な業種の工場が立ち並んでいくであろう大工業団地の一角に立った時、ぼんやりとしていたイメージは確信に変わった。この工場は早晩間違いなく工員手配に苦しむだろうと。

   果たして、建物が完成し、実際にオペレーションが始まったのは、折しもアメリカ向けのオーダーで溢れかえり、工場という工場が工員を欲しがり、工員らは引く手数多の時期に重なってしまった。ただでさえ、工員集めに苦労するのに、まだ実績のない新工場には誰も足を向けなかった。工員集めは難航を極め、まるまる一年以上まともな始動ができなかったという。

   また、最近、北部に独自で工場進出されたある会社も給料の上昇率に関しての研究が不足していたため、採算の面で当初の計画が相当狂ったと社長さんが告白されていた。

   取組先を十分に調査・選択できず、一年間数回に渡るベトナムへの出張を成果なく過ごしてしまった企業の方もいらした。一年間という時間と数回に渡る出張旅費を結果的に棒に振ってしまったという。

   いずれの場合も、もっと前の段階でお会いできていれば、助言することができたのにと相談を受けながら思うことしきりである。

 

秋利美記雄

プロフィール:1966年生れ。山口県下関市出身。1995年よりベトナム在住、大手商社勤務を経て、独立、アパレル専門商社及びコンサルティング会社を設立。 Qara Qoromo LLC.社長、My Lang Consultant Co., Ltd.取締役。 ベトナム語他語学に精通、現地企業との交渉は自ら行う。ベトナム在住歴16年。 アパレル情報ウェブサイト"Apparel Resource in Indochina"(www.apparelresource.asia/)を主催。

連絡先Eメール:info@apparelresource.asia

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