ベトナムビジネス体験記

第十二回 中国からの生産シフトとビジネスのスピード感について

我々のアパレルの業界では、この国のメーカーがターゲットとする海外市場は、アメリカ、欧州、日本がベスト3だが、実際に、欧米向けの商品を扱っているのは、台湾や韓国の企業であるケースが非常に多い。
昨年の旧正月明けから、中国生産に陰りが見え出し、ベトナム他の国々にシフトする傾向が強まっているが、そのため、この国の生産市場でも、生産工場、生産キャパシティーを巡って、台湾企業や韓国企業と競争を強いられている。

企業によっては、独自で工場を建設し、生産キャパシティーを確実なものとするところもある。

だが、大多数のバイヤーは現地企業に生産を委託している。現地の企業に委託生産しているそうした会社は、自分の生産スペースを確保するために、いろいろと方策を施す。
もっとも広く行なわれているのが「スペース借り」の方式である。これは生産スペースをラインごとに丸丸四六時中借り受ける方式である。生産工場にとって、もっともありがたいのは、安定した仕事の受注だから、安定した仕事を出し続けてもらえるというのはもっとも好都合な条件と言える。安定した仕事と引き換えに、自社の生産スペースを提供、保証するという取引の形態だ。

昨年初めの旧正月明けから、欧米勢が積極的にベトナムの生産市場のスペースを確保しようと躍起になった。欧米勢が動き出したころには、日本勢はまだまだそうした動きも察しておらず、半年ぐらい過ぎ、彼らが一通りスペースを押さえてしまった昨年の年末ごろになって、ようやく当地での動きが活発化し始めた感がある。
だが、そのころには時すでに遅し、まともな生産スペースが残っていない。私はそのころ隣国のカンボジアにも行ったのだが、そこでも「あんたは来るのが半年遅い」と言われてしまった。

島国日本は独自路線を歩んでいるために、こうした世界の動きに反応が遅いのだろうか?
あるいは、実際に現場の担当者は危機感を持って、迅速に対応しているのだろうが、情報を日本に持ち帰ったときに、日本の上司らに実情を説明し、迅速な対応の決定を請う段階で、日本企業の時間のかかる決定過程が障害となっているのだろうか?

この国のビジネスの現場で感じるのは、台湾企業、韓国企業などが、社長自ら、あるいは、決裁権ある代表者が現場にやってきて、現場で即断するのに対し、日本企業は、情報を一旦会社に持ち帰り、社内で時間をかけて方針決定したうえで、再度戻ってくる、伝統的な手法をしっかり維持しているということである。。
日本企業が現地に戻ってきたときには、状況はさらに変化していて、再度、事態の報告に日本に戻らなければならない。この繰り返しではいつまでたっても意思決定まで辿りつけない。
スピードの遅さはまさしく命取りとなる。

しかし、日本の会社でも、稀には社長が自ら決裁に来られるケースもあり、そういうときは、なにはともあれ、「流石、社長さん」と拍手を送りたくなる。でも、そうした社長さんらは往々にして日本では変わり者扱いされているように見受けられる。
当地で出会った、あるアパレル企業の社長さんは、自前のラジオ番組を持ち、自ら「宇宙人」と称していた。

こうした即断即決は会社同士の取引でのみ求められるものではなく、日常生活でも多々見られる。
たとえば、家や部屋などの不動産探しの際にも、日本人は決定までに比較的時間をかけがちだが、当地でそういう態度でいたら、いい物件は逃してしまうだろう。
私も当地に来た当時は、不動産探しでスピードに負けること、たびたびだったが、慣れてくると、あらかじめ手付金を用意して、即決するようになった。

ベトナム人は華僑系ほど決断は速くないが、それでも、日本人よりはずっと速く感じられる。

秋利美記雄

プロフィール:1966年生れ。山口県下関市出身。1995年よりベトナム在住、大手商社勤務を経て、独立、アパレル専門商社及びコンサルティング会社を設立。 Qara Qoromo LLC.社長、My Lang Consultant Co., Ltd.取締役。 ベトナム語他語学に精通、現地企業との交渉は自ら行う。ベトナム在住歴16年。 アパレル情報ウェブサイト"Apparel Resource in Indochina"(www.apparelresource.asia/)を主催。

連絡先Eメール:info@apparelresource.asia

vietnam business access

このページのトップへ戻る