ベトナムビジネス体験記

第六回 ベトナムの華僑

HCMCの西部にはチョロン地区という中華街があり、100万人とも言われる華僑が住んでいる。
ベトナムという国は中国と直接接しており、長年、中国の脅威をまともに受けてきた歴史があるだけに、華人に対しては一定の警戒感を持って接してきたと言える。そのせいもあってか、ベトナムは東南アジアにあって比較的華僑の勢力の弱い国となっている。

仕事の繋がりがあって、Lさんという縫製会社の社長を務める華僑と知り合った。

Lさんは、我々の会社の顧客が長年付き合っていた台湾人の会社の取引先であった。
台湾はベトナムが市場を開放しはじめた1990年代初めに最初に積極的に乗り込んできた国で、その台湾人もそのころからベトナムにかかわり、Lさんとも20年来の付き合いとなっている。

Lさんの両親は潮州人で、両親の時代にベトナムに来ていて、Lさん自身はベトナムで生まれ、ベトナムで育った。
幼少のころは貧しく苦労していたようだが、成人して縫製業界に入り、30年以上の経験を持つ。
10年前ほどに独立し、HCMCで縫製工場を経営していたのだが、3、4年前ごろから工員の手配に苦労するようになり、とうとう工場を閉鎖を余儀なくされるところまで追い込まれた。
だが、彼も黙って潰れていくのを見ているわけではなかった。

ちょうどそのころ、外注先として協力関係にあった北部のTさんといっしょにTさんの故郷THANH HOAに共同で新しい縫製工場を立ち上げることにした。
Tさんも北部でアパレル製品を生産していた。
Tさんの故郷THANH HOAはハノイから車で4時間南に下った地域で、ここまで来るとさすがに工員集めに苦労することはなかった。20000平米の広大な土地を買い込み、最終的に完成すると3000名ほどになる規模の工場は、第1期の工員集めのはじめから数倍の応募者で溢れ、HCMCの工場末期に工員集めに苦労したころとはまったく違った夢のような工場が始動を開始した。
地域の役人関係は地元出身のTさんがしっかりと人間関係作りをしており、Lさんが受注、生産を担当する形の、2人による合弁会社である。
工場のミシンは、Lさんがカンボジアに行って、潰れた工場の設備800台余りを二束三文で買い取って、そっくりそのままコンテナーでベトナム北部の新工場に持ってきた。

2009年の4月に操業を開始し、1年経った今年初め、Lさんは胆石を患った。HCMCに戻り、手術して、また工場に戻った。
工場に戻ったとき、パートナーであるTさんが工場を独断でドイツのある会社に委ねる契約をしていたことを知る。
愕然とした。信じていたパートナーに裏切られたのだった。
投資した資金は塩漬けにされ、Tさんに要求しても返済の目処は立たない。だが、粘り強く折衝した結果、Tさんの地元THANH HOAの役人らがLさんに助け舟を出し、Tさんに早く金を返すように言い含めてくれた。

Lさんは資金が戻ってきたら、HCMC郊外でまた工場を始めると言っている。
3人の息子は立派に成人し、家庭も持っている、50代の親父さんであるというのに、見上げた根性である。

秋利美記雄

プロフィール:1966年生れ。山口県下関市出身。1995年よりベトナム在住、大手商社勤務を経て、独立、アパレル専門商社及びコンサルティング会社を設立。 Qara Qoromo LLC.社長、My Lang Consultant Co., Ltd.取締役。 ベトナム語他語学に精通、現地企業との交渉は自ら行う。ベトナム在住歴16年。 アパレル情報ウェブサイト"Apparel Resource in Indochina"(www.apparelresource.asia/)を主催。

連絡先Eメール:info@apparelresource.asia

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