ベトナムビジネス体験記

第二回 ベトナム人の合理性

ベトナム人は、悪く言えば、頑固、保守的で、自分のやり方に固執して、変革を嫌う、新しいことに挑戦しようとしないことが間々見られる。しかし、これも善意に解釈すれば、確固とした主体性のあることの証左で、他人に流されない、自ら十分納得してからしか行動しない自律性の裏返しともとれる。

前号でも述べたベトナムで初の本格的なスーツ工場立ち上げのプロジェクトでは、スーツ生産という未知の領域に彼らを引き入れるのにとにかく苦労した。取組先の工場は初めてでわからないからだろうが、当初、何から何まで慎重で、プロジェクトは遅々として進まない。一方で、日本側からはまだかまだかの催促の連続。しかし、そうした苦労が実を結んでか、時が経ち、一旦、事がうまく流れ出すと、今度は打って変わって、工場側が積極的になり、どんどん仕事をとってきてくれ、こちらを急かしだす。果ては、自らアメリカ市場向けのオーダーを取りに行き、同社はベトナム内外で初の本格的スーツ工場の名を轟かせるようになった。同社社長は繊維公団のトップにまで昇り詰め、左団扇で「スーツは儲かりますよ、皆さん」と業界全体を煽る始末。
このプロジェクトでは、私は立ち上げ時期のみ担当し、うまく進むようになってからは、別の業務担当に変わったのだが、担当替え後、1年2年は「大スター」扱いで、どこの工場へ行っても、(そして、そのときには当のスーツ担当を離れて、別件で工場を訪問しているのだが、)決まって最後にはスーツの話題に行き着き、そのスーツとやらを我々もやりたいのだが、一つお力を貸していただけないかしら、が商談の締めの言葉となるのだった。

いかにして、彼らが自ら動き出すように仕向けるか、がポイントである。

たとえば、現場での技術指導の際、日本からの指導員の方々の中には、「俺を信じて、黙って言われたとおりにしろ」式の指示される方が少なからずいて、理屈で納得しないと動かないベトナム人との間でスムースに仕事が捗らないケースが多々ある。
この指導員についていって間違いないという保証がなければ、彼らは動かない。そこをどう打ち破るか。

上述のプロジェクトで、日本からの技術指導者に通訳するように言われたとき、困ってしまったことがある。
「とにかく、騙されたと思ってやってみろ」
ベトナム人だったら「どうして騙すの?」とか「騙されるのに、従うバカはいない」とかいう返事が返ってきて、まともに話も続かないだろう。

理屈っぽいベトナム人に対しては徹底的に理詰めで説明したり、逆に何らかの「エサ」を用意して行動のきっかけをあたえたり、あの手この手で迫る必要がある。

技術指導員の方で、自らやって見せることのできる方は、非常に強い。
以前、たいへんお世話になった、ある技術指導員の方には、はじめての工場に指導に入るときには、まずミシン調整をお願いするようにした。工場内を周回し、動きのおかしいミシンを見つけ出し、そのミシン調整を実演していただくのだ。
当地の工場ではミシンの調整が不十分なままで縫製作業を続けている例がたいへん多く見られる。そのミシンを使って作業をしていると、当然のことながら、不良の発生が多く、仕事がスムースに進まない。さらに、当地の工場では工員の給与はたいてい出来高制のため、そうしたミシンをあてがわれた工員は日々の実入りの面でも辛い目に遭っているわけである。
そこへ、日本から来た技術指導員が、いきなり設備の不具合を発見し、調整してあげるとどうだろう。
当の工員さんらは当然のことながら皆喜び、指導員の方を神様でも見るような目で見つめ、感謝の言葉を述べる。同時に、その「事件」はたちまち周囲の工員たちにも伝わり、ミシンの調子に疑問を持っていた工員は、自分のミシンも見てくれないかと、調整依頼が次々と来ることになる。
こうなれば、しめたもの。本題のテーマに入るときには、誰もがこの指導員の言葉にじっくりと耳を傾ける姿勢ができている。

秋利美記雄

プロフィール:1966年生れ。山口県下関市出身。1995年よりベトナム在住、大手商社勤務を経て、独立、アパレル専門商社及びコンサルティング会社を設立。 Qara Qoromo LLC.社長、My Lang Consultant Co., Ltd.取締役。 ベトナム語他語学に精通、現地企業との交渉は自ら行う。ベトナム在住歴16年。 アパレル情報ウェブサイト"Apparel Resource in Indochina"(www.apparelresource.asia/)を主催。

連絡先Eメール:info@apparelresource.asia

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