インドシナニュース

ミャンマー縫製産業:非常に簡単な考察~デビット・バームボーグのブログより

3週間前に、私はミャンマー縫製産業の簡単な考察を完成させたが、その間、私は多くの工場を訪問するともに、ミャンマー縫製業者協会(MGMA)や国際労働機関(ILO)の関連機関や学識経験者らと一連の議論を行ってきた。

そして、今やミャンマー繊維産業が重大な試練に直面していると確信している。

私が訪問した工場の中でコンプライアンスの最低基準を満たしたものは一つもなかった。さらに、深刻なのは、見習いとしての未成年者の雇用であり、時には1日12時間にも及んだり、週休無しでの週7日に亘ったりするなどの、過度の時間外労働である。不適切なレイアウトや不十分な照明や安全設備の不足などの構造上の問題も数え上げたらキリがない。

同時に、ミャンマーの繊維産業には、米国市場からもEU市場からも隔絶されており、世界的な衣料産業の常識に関する概念がほとんど皆無である。例えば、原価計算表を見ることができたわずかな例では、加工賃価格は1分あたり5セント未満であると見られる。比較すると、ミャンマーの工場の加工賃はバングラデシュの同等の工場より低額である。

実質的に加工賃ビジネスであるため、利益の大半は必要な材料を供給し、オペレーションを管理する第3国の中間業者の懐に入り、最終的にミャンマーの現地工場にはほとんど残らない仕組みになっている。ミャンマー縫製産業は、こうした中間業者のオペレーションから少しでも早く脱することで、急速な発展過程へと進むことが可能になる。

その一方で、ミャンマー繊維産業にはいくつかの重要な前向きの利点がある。

賃金は、不当に低いように言われているが、実際にはそうではない。熟練工の給与は1ヶ月あたり85~110米ドルである。これは残業と他の手当てを含んでおり、東南アジアや東アジアの国の賃金と比べるとかなりの隔たりがあるが、バングラデシュの平均給与60米ドルと比較すれば恵まれている。

縫製工は比較的手が良く、まだ職についていない多能工も多いと見込まれる。

その上、現在のミャンマー繊維産業にはマーチャンダイザーが不足しているが、ミャンマーには、たぶんアジアで最も優秀な外国語技能を持つ若い大卒の人材を非常に豊富に抱えている。

製品の品質は上々で、私が予想以上であった。リードタイムは、東南アジアの他の国々と遜色なく、南アジアの国々よりははるかに短納期で生産可能である。

すべてを鑑みるに、ミャンマーにはアパレル輸出産業で一流となれる素養がある。とはいえ、ごく少数の優秀な工場が頭角を現すまでには、どんなに頑張ったところで、最低2年は必要とするだろう。

第一歩は政治上の問題と言える。米国が輸入制裁を解除し、EUが関税免除の措置を与えるのを待っている。第3国の材料の利用を認められることも必要である。

次に、米国やEUの顧客並びミャンマー国内中の工場によるものである。この点で、過去の数年の間、繊維産業ははるかにより洗練されて責任感が強くなっている。だれも第2のバングラデシュを望む者はいない。(バングラデシュは酷すぎるということだ。)競争力を持ちつつ、人間味ある産業を作り出す能力は関係者の実力次第である。

誰もがミャンマーに向かっている。それは多数の人口を抱えるアジア最後の未開発地域だからである。我々は、この機により良い仕事ができることを望むだけである。

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年03月22日14:00

ミャンマー繊維産業:投資誘致に向けて

ミャンマー政府は投資家誘致のためのインセンティブを発表している。新しい外国投資法は2012年11月に承認された。それによると、外国人は半数に満たない比率の条件で私営企業とも政府企業とも合弁事業を行うことができる一方、1988年から旧法通り、100%外資のビジネスを所有できる。土地のリース期間は、これまでの最長30年から50年までに延長された。そして、10年間、二度契約の延長を認められる。また、5年の免税期間以外に、メーカーは輸出から上げられる利益において最大で50%までの減税の措置を受けられる。また、1年以内にそれを再投資すると、税額控除か緩和を受けられることになる。

しかしながら、縫製産業においては、経費は話の一部にすぎない。工場は単に衣服ではなく、ファッションも製造している。効率は重要な要素である。生地を織りはじめてから製品を梱包するまでの生産のサイクルは、ときには45日間という短期間を要求され、現地での垂直展開のサプライ・チェーンを持たないミャンマーにとっては試練ともいえる。

ほとんどすべての材料は海外から運ばれ、ほとんどがシンガポール経由で積み替えられる。広東から、マラッカ海峡を通過してヤンゴンまで到着するのに船便で21日間かかるとPrince Edward Road Management株式会社社長Lewis Leung氏は言う。港湾施設は、縫製工場が集中しているヤンゴンで現在十分すぎるキャパシティーを持っているにもかかわらず、通関業務や港湾業務がまだ香港ほど効率的ではない。

また、船便のコストも高い。例えば、香港からヤンゴンまで20フィートのコンテナを出荷するのが1,000米ドルかかるが、ホーチミン市までのコストはわずか500米ドルである。しかしながら、Leung氏は、コンテナ船で運ぶような巨大な貨物の場合は、船便のコストもまだ「許容範囲内」であると言う。

エネルギー不足は潜在的投資家への別の問題提起である。ミャンマーでの工場経営には、自家発電設備が不可欠である。政府発表では、1月から産業用の電力供給は、毎日午後4時以降中断され、民間使用に電気が宛がわれる。救いは、ミャンマーではディーゼル燃料供給が安定しているということである。「ディーゼル燃料は1Lあたり0.9米ドルで、香港より安いです。」とLeung氏は言い、電気の公共料金はキロワット時(KWH)あたり0.12米ドルであるに対して、自家発電の電力は1KWHあたりわずか0.2米ドルで済むと付け加えた。

香港アパレル会のChung Kwok-pan氏は投資の潜在性をミャンマーのリスクの裏面と評す。 「ミャンマーの利点は何もないことで、それが不都合でもあります。」

Leung氏は、突き詰めていえば、ミャンマーには明るい未来があると信じている。改革に忠実であることで、ミャンマーは、10年前にベトナムやカンボジアが作った成長モデルに則り、米国や欧州市場から援助や取引を勝ち取れる。2011年までに、ベトナムとカンボジアの繊維業界は大成功を見て、それぞれ156億ドルと40億ドルの輸出貿易額を達成した。

「今が、ミャンマーに入る最も良いタイミングです。」とLeung氏は言う。「香港の工場は、あらゆる経験を持っています。期待は大きいです。10年後に、私たちは、この国で今の香港のような繁栄を見ることになるでしょう。」

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年03月20日06:00

ミャンマー縫製産業は外国投資誘致に力を入れる

ミャンマー縫製業者協会は、現地の縫製企業の中には外国人投資家の希望に合わせてビジネス戦術を変えているところがあると言う。

協会副会長Aun Win博士は、「この数ヶ月間で、10から15の現地縫製企業が、対外投資を求めてビジネス戦術を進展させています。私たちはこの動きを歓迎するべきです。」と言う。

地元の縫製企業家は何百もの外国のアパレル企業がミャンマーの税制優遇制度で引き付けられたとMizzima紙に語った。

「EUの一般特恵関税制度(GSP)のために、輸出製品が品目によって、最高15%まで軽減されるので、韓国や日本やタイなどの国の企業は縫製企業の分野で投資について議論するようになっています。」と縫製工場経営者Hla Win氏は言う。

これらの会社による潜在的投資は巨大な雇用機会を提供するだろうが、成功は合弁事業を容認するかどうかによるだろうと協会は言う。

「合弁事業が認められれば、企業は工場を建設する必要があります。」とミャンマー縫製業者協会のスポークスマンは言う。「現地企業家、外国人企業家、政府のいずれにとっても、それは有益でしょう。」

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年02月21日06:00

ミャンマー繊維業界はヤンゴン郊外の発展に明るい未来を見ている

繊維産業は日本と韓国からの注文の増加で過去2年間急速に成長していると基幹産業団体の関係者は言う。

ミャンマー衣料製造協会副会長U Aung Win氏の言によれば、日本からのオーダーの金額は2010年から2011年にかけて倍増され1億7000万ドルから3億5000万USドルになり、 韓国からのオーダーは、2010年の1億2000万ドルから2011年には2億4000万ドルまで増加した。

彼は、2012年の統計はまだ集計中であると言うものの、輸出による収入は、少なくとも2011年の結果同様の成長率を達成していると自信満々だった。

「衣料産業の輸出収入は上昇しており、工場の数は増加していくと思います。」と彼は言う。 「私たちはヤンゴンのミャンマー縫製人材開発センター(MGHRDC)で人材育成を行っています。しかし、ほとんどの工場がヤンゴンに位置していて、労働人口密度は既に高過ぎます。」

「衣料縫製工場はもっと必要とされているので、新しい工場はヤンゴンの労働密度を減少させるために他の州や地域に設置されるほうがいいでしょう。」と彼はミャンマータイムズに語った。

「私たちは、Ayeyarwady地域のPathein郡区に約50の衣料縫製工場を建設するのを計画しています。最初の工場はDelta Industrial Group(DIG)によって操業されるのですが、5月に開く予定です。」と彼は言う。

彼は、ミャンマー縫製人材開発センター(MGHRDC)がDIGで働きたいと思っている人たちを訓練していると言い足した。

指導教官Ma Zar Zar Hlaing女史は「DIGは昨年年初、従業員を募集し、5月にインタビューし始めました。私はここで監督者訓練をしていて、工場がオープンすればPatheinの工場で働くことになります。」と言う。

「卒業生だけが監督仕事に応募できます」と彼女は言い、ヤンゴンでのトレーニングの期間中、ミャンマー縫製人材開発センター(MGHRDC)が宿泊設備と食事を用意するのだと教えてくれた。また、その他の費用として1日あたり研修員にK1000を支払ったとも言う。

ミャンマー縫製人材開発センター(MGHRDC)指導教官あさいひろやす氏は2009年の開設以来、センターは1000人以上の縫製労働者を訓練したと言った。

「私たちは700人のオペレータ、500人の監督、30人の設備整備員を訓練しました。私たちは、将来の衣料縫製工場には熟練した労働力が必要になることから、需要に応えるために訓練方法を変えるつもりです。」と彼は言う。

U Aung Win氏は、繊維産業の未来は明るいと言う。

「私たちは、2015年には700以上の新しい工場が10万人以上を雇うと予想しています。」と彼は言った。

「投資家にとって一番の問題はヤンゴンの高い土地代で、私たちは各企業とも工場建設には他の州や地域を考えていると思います。とくに、ヤンゴンの工場で働いている人々の90%は他の場所から来ているのです。」と彼は言い、現在は、工場の90-95%はヤンゴン地域にあると述べた。

ヤンゴンに工場を建設する主な利点は輸送で、港があって輸出入を扱うことができるということを付け加えてくれた。

 

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年01月30日06:00

ミャンマー縫製工場は米国の輸入解禁に望みをかける

弱い米ドルの為替レートと戦った悲惨な一年の後、縫製メーカーは、欧米の制裁緩和に望みをかけて、生産を押し上げていこうとしていると業界関係者は言う。

米国国務長官ヒラリー・クリントン女史の12月初旬のミャンマーの訪問を受けて、希望が出てきた。

「繊維産業にとって、きっと良き時代の始まりであると思います。繊維産業は多くの雇用を作り出すので、政府はできるかぎりのことをすると思います。」とHlaing Tharyar工業団地に2つの工場を経営していて、さらにもう2工場を管理しているLat War社常務U Khin Maung Aye氏は言う。

米国が制裁を緩和すれば、とくに、ミャンマー製品の輸入を解除すれば、米国のアパレル注文はすぐに増えるだろう。

制裁適用前の2000年から2003年までに、米国市場はミャンマー製衣料品輸出の50%を占めたと彼は言う。

制裁以来、多数の工場が稼働を停止し、繊維業界は代わりにやむを得ずアジア市場に焦点を当てたと言い添える。

「制裁が緩和されるなら、2003年以降閉められた工場の多くが再開できます。既に再開の準備をしている工場もあります。」と言う。

「しかし、実際は、制裁が緩和されても、おそらく注文を受けたいと思っても、うまくオーダーを捌ける操業中の工場は不足気味だと思います。」と言い足した。

ミャンマー縫製業者協会の幹部によれば、ベトナムは1年間で縫製業の雇用者数を1万から10万に上げており、ミャンマーもこれに倣うべきであると言う。

「ミャンマーの繊維産業でも雇用人口に関してベトナムに並ぶことができると思います。」と彼は言う。

仮に米国の制裁が緩和されなくても、韓国と日本が注文を着実に増加させているので、業界の未来は明るい。

しかしながら、U Khin Maung Aye氏は、昨年、ミャンマーの通貨チャットに対して25%も下げた弱い米ドルの影響は、顧客を追い払うことなくても、損失の予約にしかならないと言う。

生活費が上昇しているので、スタッフ維持のためには、埋め合わせに会社は給料を上げなければならないと彼は言う。しかし、同時に、会社は価格を上げることもできず、かといって他国に注文が流れるのも望まない。

「労働力の規模を減少させたくないので、たいへんな一年でした。時には、損をすることがわかっていても注文を受けたこともあります。」と彼は言った。

「為替レートについては、考えたくもありません。それが今年の最大の問題でしたから。でも、制裁が緩和されるだろうという望みを抱きながら、工場を稼働させ続け、拡張すらしてきました。」と彼は付け加えた。

同時に、ミャンマーはバングラデシュとの競争に直面している。バングラデシュも、廉価な労働力をふんだんに抱え、主要輸出市場である欧州連合(EU)の関税免除を享受している。

台湾の銀行から提供される低利融資により、台湾企業の多数がミャンマー繊維産業への投資を奨励されており、積極的であるとも付け足した。しかし、国内企業は、外国企業が近づいてきた際には用心しないと利益を失う可能性があるとも警告した。

「国内企業のビジネスマンは外国の会社と一緒に働く際には、事前にしっかり準備をしないと、利益はほとんどないかもしれません。」と彼は言う。

U Khin Maung Aye氏は、2011年には会社のオーダーは、韓国、日本、イタリア、ドイツの会社に衣類を供給する契約を取れたので、対前年比30%以上あったと言う。

「しかし、制裁前には、注文の90%は米国からでした。」

Hlaing Tharyar郡区にあるAmazing Tree Collection 社社長Daw Thandar Soe女史は言う。「制裁が解除されれば、間違いなくオーダーはミャンマーに来ます。労働コストが安く、中国よりも安いのですから。」

Daw Thandar Soe女史は、制裁解除を予測してAmazing Tree Collection社では拡張の準備をしていたと付け加えた。

「最も難しい問題は、土地を借りて、新工場を建設することです。」実業家の中には投資としてただ工場用地の区画を買うだけで、何もしない人もいる。「ただただ土地を借りるだけで、価格が高くなれば、売るだけです。でも、それでは、実際に工場を作りたがっている会社には問題を生じさせるだけです。」

 

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年01月24日06:00

欧米企業はミャンマー縫製業界に熱い視線

欧米のバイヤーはミャンマーの縫製産業にますます大きな関心を寄せており、廉価で豊富な労働力のメリットはインフラの未整備などの欠点と比較しても余りあると見ていると業界代表は言う。

同時に、現地企業として縫製工場を登録していた中国や台湾のメーカーは再登録の申請を投資委員会(DICA)に提出したとミャンマー繊維協会Khaing Khaing New氏は述べた。

バイヤーも生産者も、輸出市場アメリカで制裁を解かれて後、繊維産業が急速に伸びるのを予想しており、外国投資規制緩和でミャンマーでの拠点づくりが容易になると業界代表は言う。

昨年は、欧米の主要市場を含めた外国人投資家及びバイヤー予備軍からミャンマー繊維産業に急激に関心が高まったとLatt Wah縫製工場常務Khin Maung Aye博士は言う。

欧州連合はこの9月に、1997年以降中止されていた一般特恵関税制度(GSP)下のミャンマーからの輸入向け関税優遇措置を復活させた。業界代表は数字こそ公表しなかったが、EU向けの輸出増大に言及した。

米国の各企業は縫製工場に注文を出そうと交渉中であるが、まだ契約締結には至っていないと投資委員会(DICA)当局者は言う。

縫製工場はヤンゴン周辺の工業団地に集中している。バングラデシュ、ベトナム、中国といった輸出大国と比較しても、月給およそ40米ドルの最低賃金は低いが、電気の供給は制限されており、工業団地によっては午前8時から午後5時までしか電気供給がないところもある。

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年01月22日06:00

ミャンマー人名義の外国縫製企業は外国投資ビジネス扱いへ

ミャンマーの新しい外国投資法によると、名目上のミャンマー人の下で経営される合計25の外国人所有の被服縫製工場が、海外直接投資(FDI)ビジネスに転換させられた、と公式メディアは報告した。

上院の現在の委員会時に議員に尋ねられ、国家計画経済発展相Kan Zaw博士は明確にした。

一方、アジア諸国からのますます多くの外国縫製メーカーが、ミャンマーの変化と新外国投資法の導入からミャンマーに投資しようとしている。

ミャンマーの衣料産業の主な外国人投資家は、日本、香港、韓国、ドイツである。

ミャンマーの衣類輸出は2012-13年度の年初5ヶ月(4月-8月)で4億9646万ドルになり、前年度の約半分の輸出となった。

米国のミャンマーからの輸入解禁に際し、ミャンマーの衣類輸出見通しは明るくなっている。

現在、ミャンマーには205の被服縫製会社がある。

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年01月16日14:00

ミャンマーの民族衣装ロンジ、外国人に人気

ミャンマーが海外の考え方やファッションに開放されていく一方で、外国人はこの国の文化に対する関心をますます強めており、民族衣装のロンジ・スタイルは特に人気があるようである。

ヤンゴンのShwedagon寺院では、この国の民族衣装を身につけ、この地域の熱帯気候にはこのスタイルが快適なうえに、見てくれもスタイリッシュと称賛する外国の訪問客も多く見られる。

オランダ旅行者Thorsten Roobeckさんもそのような一人で、彼は1日前に到着したばかりだったが、腰に巻き付けただけで、足まで垂れ下がる円筒形状の布からなるだけの、この衣装の素晴らしさをすでに評価していた。

「ここ[Shwedagon寺院]に来たとき、私はショート・パンツをはいていましたが、これを着たほうがいいと思いました。」と彼は言った。「これは快適で、この暑さの中では風通しがいい。」

「結び目が厄介ですね。初めは解けてしまいました。でも、周りの人が助けてくれました。」と、妹と旅行していたその学生は言った。「唯一の問題は、ポケットがないことです。」

西洋人の男性がスカートのようなドレスを身に着けるのは抵抗ないか問われて、「それは、あなたがそれをどう見るか次第です。たとえば、スコットランド人、彼らは良く似たタイプの服装[キルト]を纏います。」とRoobeckさんは言った。

「オランダでは、ショート・パンツのほうがいいですね。もしロンジを身に着けていたら、人々が奇妙な目で私を見るでしょうから。それでも、受け入れてはくれるでしょう。流行に敏感な人か何かであると思うかもしれませんが。」と彼は付け加えた。

ロンジは増加する外国人観光客に非常に人気があると、Shwedagon寺院のお土産物屋は言う。

寺院の東側の歩道に露店を持つ29歳のKo Zaw Myo Htetさんは、外国人は「通常、毎週およそ7着のロンジを買ってくれる」と言う。「でも、いいときには、10着か15着売れることもありますよ。彼らはグループで来て、全員が1つずつ買ってくれるのです。」

「大部分のお客さんは、オーストラリア人か、イタリア人か、フランス人です。私は、それをどうやって身に着けるかを彼らに教えます。1番目に、左側にそれを折って、それから右側に折って、結ぶのですよ。」と、彼は、マンダレーで作ったロンジの売値はおよそ3米ドルと付け加えた。

「西洋人も歩きやすいし、風通しがいいから、好きなんでしょう。」とMyo Htetさんは笑って言う。「ミャンマーに来たら、ミャンマーのスタイルを経験したいのかもしれません。彼らには珍しいので、興味を牽かれるのでしょう。」

「見た目もとても素敵です。」と、彼のパートナーは付け加えた。「彼らは、ロンジの裾を膝までたくし上げる、村人スタイルですが、ミャンマーの都会人は大部分が足まで隠すスタイルです。」

ミャンマーの男性と女性の間では、伝統的なロンジは今も人気があり、少数民族地域も含めて国中で広く着られていて、公式行事では絹のロンジが好まれる。

2010年6月に、ミャンマー軍政府の将軍が、民政への転換を意味するために彼らの制服を絹のロンジと従来の白いジャケットに換え、彼らはそれを議会と他の公式行事の際に着用していた。

現在のミャンマーのロンジ・スタイルは植民地時代の間にインドから来たが、それ以前にもミャンマーには男性用にはpaso、女性用にはhtameinと呼ばれる類似の民族衣装があった。

19世紀の植民地指揮官で文筆家でもあったGeorge Scottは、古典となった1882年の本「ビルマ人:人生と概念」の中でビ伝統的な衣服を記述した最初の人物のうちの一人だった。

「この民族衣装は非常に単純ですが、絵画のようです。pasoは、長い絹の布です[…]。それは、身体に巻き付けられたキルト・ファッションで、前方で捩じってたくし込まれて、残りの部分は畳んで腰のところで垂らすか、肩越しに懸けられるかする。」とスコットは書き、彼自身pasoをときどき着用したという。

ミャンマーのロンジの快適さとスタイリッシュさを評価したもう一人の外国人は、「民主ビルマの声」のウェブサイト編集者David Stout氏である。

「快適で、涼しいですよ、、、気候にあっていて、スタイリッシュで、非常に品がある。」と彼は最近Irrawaddy紙に語り、3年前ヤンゴンで休暇中にロンジを着用して、「男の解放」を感じたと付け加える。

「私は、男性がスカートをはくならば、誰でも少し間違った何かがあると思うような文化で育ってきました。そうかもしれませんが、ミャンマーのほうが正しいかもしれません。」とStout氏は言う。

Shwedagon寺院の僧侶が彼と彼の友人にロンジを着せたあと、地元の人々から得た肯定的な反応を思い出した。

「私は青のロンジ、友人は栗色のロンジをもらい、その反応は抜群でした。」とStout氏は言った。「通りを歩いていると、この鮮明な思い出が蘇ります。男がバルコニーに出て来て、私に『chaw tae』を叫ぶのです。それは、たしか『ハンサム』という意味ですよ。」

 

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年01月07日06:00

成長するミャンマーの繊維産業

ミャンマーの政治改革は、多くの変化をもたらし、特に経済の変化が著しい。

カレン州では、少数民族の反乱軍と中央政府の間での停戦と和平会談により、対立の終結を期待するムードが高まっている。

BBCのJonathan Head氏は、カレン州の州都から、先月州に初めての縫製工場を開いたミャンマー人ビジネスマンと面談したと報告した。

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2013年01月04日14:00

ミャンマー縫製業界、2013年に一般特恵関税制度(GSP)を享受

ミャンマー縫製協会によると、2013年から始まる欧州連合の一般特恵関税制度(GSP)のためミャンマー縫製産業は有利を得られる。

一般特恵関税制度(GSP)から得られる優遇税制は、韓国、日本、タイなどからの投資をさらに引きつけている。

「韓国からの投資家は、投資機会を探しに毎日我々に会いに来ています。日本やタイの投資家も我々に会いに来ます。それらの潜在的投資家は、一般特恵関税制度(GSP)の優遇税制に興味を持っています。」と縫製協会書記Khine Khine New女史は言う。

ミャンマーからの衣類輸出の需要が最近落ちているにもかかわらず、協会は一般特恵関税制度(GSP)の初期において、ミャンマー縫製産業は上昇傾向であり、楽観的である。

「ミャンマーからの衣類輸出は、大部分が日本と韓国向けです。しかし、日本は2011年の地震によって、我々の日本向けの輸出は低下しました。」とKhine Khine New女史は付け加えた。

インフラが弱いとか工場への発注数がまだ小さいとかいうような若干の欠点がまだ存在するとも彼女は言う。

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2012年12月28日06:00

«前のニュース || 1 | 2 | 3 |...| 31 | 32 | 33 | 34 | 35 || 次のニュース»
このページのトップへ戻る