インドシナニュース

ミャンマー:成長を遂げるアパレル産業に対する「真の代償」(後)

(前編より)



縫製工は女性のみ

ミャンマーは50年間の軍事支配の後、東南アジアで最も急速に経済が成長している国となった。しかし、法律の整備はまだまだ遅れている。

政府は、労働組合の結成を保証する労働組織法や労働安全衛生法など、労働者の権利を保護するための様々な法案を起草、改訂してきた。しかし女性に対する暴力を犯罪とみなし、職場における反セクシュアル・ハラスメント・ポリシーの法的根拠となることが期待されている法律は約5年にわたって議論が続き、今もなお議会で最終化の取り組みが行われている。

「女性を保護する法律があれば、状況ははるかに良くなるだろうと考えています。」と毎週カフェで会合を開き、縫製労働者に人権教育を施している女性のための権利団体BusinessKindの設立者であるThandar Ko氏は述べる。「そのような法律がないため、多くの労働者は労働条件の問題やハラスメントについて話すのを恐れています。」

ミャンマーでは、1日の最低賃金が3600ミャンマーチャット(2.7米ドル)から4800ミャンマーチャット(3.5米ドル)に引き上げられ、労働条件を改善する取り組みが進められている。しかし最低賃金はアジアでもまだ最も低い水準に止まっており、ただでさえ日々の待遇面において格差に苦しむ女性らに、さらに金銭的追い打ちをかけようとしている。

またILOは、近日中に公表する予定の79の地元企業と外資系企業の工場に対する調査において、低、中スキルの女性労働者は男性労働者より手取りが7%も低いことを明らかにしている。

「そのことは職場での意思決定、労働条件のコントロール、労働力管理に潜在的な影響を与えています。」とVallancourt-Laflamme氏は述べた。

アパレル業界でスーパーバイザーとして14年間勤務しているMyo Myat Myat Myoさんは、工場内ではほとんどの期間、男性の監督の下に置かれていたと言う。

「工場に入るとわかりますが、ほとんどの縫製工は女性で、ミシンの間を歩いている監督者やマネージャーは大抵男性です。」と彼女は言った。



「家に帰りたい」

ミャンマーの縫製工場における賃金格差はすべての女性労働者の問題であるが、特に大多数を占める農村地域からの移民にとって人生を困難かつ危険なものにしている。

2008年に発生したサイクロンNargisによって138000人が死亡し、250万人がホームレスとなった後、何千人もの人々がヤンゴンに移住し、空腹と失業に苦しむこととなった。欧州のファッションブランドCAによるチャリティー団体であるCA財団が発行した2016年度報告書によると、ミャンマーの縫製労働者の76%が農村からヤンゴンに移住した若い女性という。

こうした女性らは収入の半分を家に送金しているため、生活に必要な資金が不足し、しばしば安全な住宅や交通機関を利用できない状況に陥っている。「このことが、彼女らを利用しようとする悪意のある人々を暗躍させています。」と、彼女らが借金地獄に陥る可能性をVaillancourt-Laflamme氏は指摘した。

エーヤワディ地方域出身のWai Wai Linさん(18歳)は、仕事を探すために昨年ヤンゴンに移住した。現在彼女はシャツ工場で働き、家賃、食料、電話代などを差し引いて、残りは家に送金している。

Linさんは友人と一緒に通勤したいと考えているが、しばしば上司から残業を求められて深夜に一人で帰宅せざるを得ず、路上で男性から性的嫌がらせを受けることもあるという。また多くの他の工場とは異なりシャツ工場には換気システムがあるものの、従業員は依然として十分な休憩を取ることができないと彼女は言う。そして昼食の間は、彼女らは工場の外で過ごすよう指示されており、夏の暑さの中では耐え難いこともあるという。

Linさんはそれによって多くの縫製労働者が体調を崩していることを知っているが、できる限りこの仕事に耐えていくつもりでいる。

「家族のために十分なお金を稼ぐため、数年はここで頑張るしかありません。」と彼女は言った。「そして私は家に帰りたいのです。」



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最終更新:2018年06月01日

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