インドシナニュース

2015年10月 のニュース一覧

ミャンマー:縫製工場のハンスト、今なお継続中

あらゆる業種において雇用主は新しい最低賃金を実施しなければならないという政府の命令があるにも関わらず、事実上の賃金カットや給料の未払いが継続する中、約20人の工場労働者らがハンストを行っている。

シェピタ工業地域のHan Jen縫製工場の労働者らはハンストを10月5日に開始した。ほとんどの労働者らは賃上げを期待していたものの最低賃金の施行で減給されたことになり、交通費や食事手当といった特別手当を従来通りにするよう求めている。

昨日Han Jenの労働者らは、工場の上司らが9月分の労働に対し16日分の支払いしかしなかったと述べた。

Han Jen工場の経営者KoPhyuHtwe氏は、工場の外でハンストに参加している労働者らに対して10月7日に給与を支払ったと述べた。

「働かなかった日の分には支払いをしません」と氏は述べた。また給与には手当や時間外手当も含まれ、3600チャットの最低賃金に準じているものだとも付け加えた。

一方で労働者らは、これら手当は最近の給与のなかには含まれていなかったと述べた。

「16日分の給与しか受け取っていません。手当は全く受け取っていません。」と労働者のMa Kay Thwe Win氏は述べた。

彼らによれば、以前に特別手当も含めた収入は15万チャットだったが、最低賃金施行後の初めの給料日に受け取った金額はちょうど13万5000チャットに引き下げられたという。

ハンストを行っている労働者らは以前と同等もしくはそれ以上の水準の給与の全額支給、また「仕事場でもめ事を起こした」として先月解雇された6人の従業員の再雇用を求めている。

雇用主は基本給に手当を加えていないために、労働者らの生活費は十分ではないと工場の組合長であるKoKyawMyint氏はミャンマー・タイムズ紙に対して語った。

氏はまた政府当局が工場経営者らの側に立ったのち、地域の仲裁評議会に対し仲裁に入るよう求めると述べた。

「労働省の法務部門の人々は法律に従っていません。」と彼は言う。

「彼らは経営者らの要望だけを実行しています。我々の紛争は解決したと言っていますが、実際は何も行っていないのです。」

ヤンゴン地域労働省次長DawLwinLwinMyint氏はミャンマー・タイムズ紙に対し、論争は解決され、すべての労働者がすでに円満に工場に戻っていると述べた。氏はまた解任された組合の代表らについては仲裁団体が現在調査を行っていると述べたが、ミャンマー・タイムズ紙ではこの主張ついては昨日確認が取れなかった。

工場の組合によれば、Han Jenにおいて1057人の労働者が未だに先月最低賃金が施行されたときに廃止された手当や特別手当を元に戻すよう求めている。

ハンストを行っている20人は運動を継続していると語っている。

労働省によれば最低賃金が施行されて初めの週のうちに、工場の経営者らの意に反して1000人の労働者が解雇された。約500人はすぐに再雇用されたが、多くは新しい契約のもとで雇用されている。つまり彼らは経験があるにもかかわらず、新しい最低賃金より低い金額の新卒の基準である試用期間中からはじめている。

労働省によれば、10月1日のはじめての給料日以降、ほぼすべての工場で賃金紛争が起こったという。

 

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2015年10月15日11:28

ミャンマー:縫製労働者が「製造業復興」を切望(後)

(前編より)

 

「破れた夢」

しかし、すべての縫製労働者が成功するわけではない。

今年の初めにミャンマーは、価格削減競争と、消費者物価の高騰に直面する労働者からの公正な賃金支払い要求との間でバランスをとりながら、初めて3600チャット(2.8米ドル)の最低日当を設定した。

こうした動きは、バングラデシュのRana Plazaにおける2013年の恐ろしい崩壊事故のように注目を浴びたスキャンダルの後では、その顧客が衣料品の人件費についてますます意識を傾ける流れの中で、欧米のブランドから歓迎された。

しかし、何人かの雇用主は新賃金を支払う余裕がないと述べており、このことがミャンマーを、まだ地域でも人件費の最も安い国に留めている。

活動家は、千人以上の人々がこの最低賃金制度導入により解雇されたことを明らかにしており、また国営メディアは、最近いくつかの工場において残業代や通勤費の支払いを停止した、と報告した。

Hayman San氏は、縫製工場でスキルを磨きながら3年間を過ごした後、約200人の同僚と共にあっけなく解雇された。

「私は何も悪いことはしていません。私はとても怒っています。」と、27歳の彼女は言った。彼女は、大きな新工場の周辺に今にも壊れそうな家が並ぶHlaing Thar Yar地区の、小さな竹製の掘っ立て小屋に両親と妹と暮らしている。

この家族は、稲作地帯であるイラワジ川デルタの村を去り、ヤンゴンでの仕事を求めて流入した人々の一部である。

まだ失業中の身であるため、村に小さな農業用品店を開く彼女の計画は後退した、と言った。

「私はもう1年でお金を貯めることができたはずでした。」と彼女はAFP通信に語った。 「今、私の夢は破れてしまいました。」

» 続きを読む

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2015年10月10日12:01

ミャンマー:縫製労働者が「製造業復興」を切望(前)

ミャンマーの縫製労働者のHtet Myat Nyein氏は、国の近代化を促進する成長産業の担い手として、豊かな海外の高級目抜き通りに向けて、真剣な面持ちでジャケットを縫っている。

「私はこの工場で縫製を学びました。」と、彼女はAFP通信へ語った。ヤンゴンの急速に工業化が進む郊外にある、Shweyi Zabe工場のミシンの騒々しい音で、彼女の優しい声は、ほとんどかき消された。

彼女が住む、痩せた土地であるHlaing Thar Yar周辺のほとんどの家族は、旧軍事政権による残酷な支配と経済政策の失敗という数十年にもわたる負の遺産により、まだ海外からの送金で生活している。

頬に伝統的なタナカ(thanaka)という粉末を円形に塗ったHtet Myat Nyein氏は、彼女の周辺に住む人々には次の2つのキャリアパスしかない、と言った。「それは、縫製仕事、もしくは美容院での仕事です。」

ミャンマーはその希望を産業化に託してきたが、それは、ほんの一握りのエリートを豊かにするものの、世界の最貧国の一つに数えられる(ミャンマーの)生活水準を向上させるのに何の寄与もしなかった、長期にわたる自給自足農業と資源採取が主流の経済の形を少し整えるだけに見える。

グローバルにおける発展段階においてまだ底辺に留まっているミャンマーを豊かにする計画は、Aung San Suu Kyi氏が率いる国民民主連盟(NLD)と、軍を後ろ盾とした与党とで争われる、11月8日に実施の選挙結果にかかっている。

Suu Kyi氏は、最近Angelina Jolieと共に縫製工場を見学したが、四半世紀にわたり求めてきたミャンマー最初の全国統一選挙において、彼女の政党を勝利に導くのではないか、と広く期待されている。

しかし、次期大統領はまだ決定されていないものの、軍が制定した憲法の下、Suu Kyi氏はトップの役職に就くことを禁止されており、その改革路線の可能性については疑問視されている。

 

高度経済成長

それにもかかわらず、世界銀行の予測によるとミャンマーは、世界で4番目に急速に経済成長しており、この新興国は将来有望と見なされている。

中国とインドの間という理想的な立地において、ミャンマーは安価な労働力を提供すると同時に、潜在的な消費者ともなる、5100万人の豊富な人口を誇っている。

縫製業は急速に拡大しており、昨年の輸出額は15億米ドルにも達し、ミャンマー縫製業者協会(MGMA)によると、ヤンゴンの産業雇用の約70%が、現在この縫製セクターから創出されている。

ミャンマーはすでに、主要なファッションブランドを惹きつけてきており、それらのブランドには、目抜き通りの定番ブランドであるGap やH&Mも含まれている。

ミャンマーへの全外国投資は、今年80億米ドルまで跳ね上がり、政府目標値から倍増しているが、今年初のミャンマー経済特区(SEZ)となる、ヤンゴン近郊の日本出資のThilawaプロジェクトは、(人々の)生活をかき乱している。

しかしながら、カンボジア、ベトナム、バングラデシュなどのように、ミャンマーが地域の衣料品製造の中心拠点となることを目指すのであれば、急速に開発を進める必要がある。6~70%のミャンマー市民は、まだ農業に従事している。

国は重要な選挙を推し進める中、政治的な不確実性が投資意欲を損なわせており、企業もまた、不安定な電気供給、不完全な通信網、貧弱なインフラや深刻な汚職などの多くの課題に直面している。

Suu Kyi氏の政党に助言を行っている、ミャンマー経済専門家のSean Turnell氏は、“製造業復興”により、この(衣料品)セクターでは最大30%もの経済成長が見込める、とした。

「国民民主連盟(NLD)が、ミャンマー全体を1つの巨大な、そして豊かな経済特区(SEZ)とするような、開発と開拓を効果的に推進する政策を導入することを、私は非常に期待しています。」と、彼はAFP通信に語った。

 

(後編につづく)

» 続きを読む

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2015年10月10日06:01

ミャンマー:縫製工場の労働者らが最低賃金施工前の手当復活を求める抗議活動

シュエピーター工業団地のHan Jen縫製工場の労働者約700人が、最低賃金の施行により手当等を失ったことに反発し、抗議活動を行っている。

最低賃金の施行以降、ジャケット、コート等衣料品を製造しているHan Jen縫製工場では勤続ボーナスや残業手当等の支給を停止した。報道によると、労働者らは工場経営者らに対して9月初旬から状況の改善を求めており、9月21日から工場外での抗議活動が始まったという。

こうした動きに対し、工場経営者はHan Jen工場労働組合の議長と書記長を含む従業員8人を解雇した。

「経営側は私たちが理解できない書類に署名するようにと求めました。また、もし署名しなければ工場への立ち入りを認めない、解雇すると私たちを脅しました。もし契約を破棄することになっても、補償金は払わないとも言われました。今彼らは最低賃金分しか払いません。残業代や経費などはすべて廃止され、私たちは家賃の上昇もあり、困難に直面しています」とこの工場で働くSandarは話す。

以前は、熟練労働者であれば、手当を入れなくても毎月160ドル程度は稼ぐことができた。

「彼らは最低賃金に加えて、すべての手当を払うようにと求めていますが、私たちはまだ最低賃金への移行期にあります。工場側から言わせてもらえば、求められているような手当をすべて支払う計画すらありませんでした。シュエピーターのみでなく、全国どこでも同じことです。経営側は現在、従業員の受け取る金額が以前の金額を下回らないような妥協点を探っているところです」と工場長は話している。

» 続きを読む

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2015年10月09日06:00

ミャンマー:タイとの国境におけるダウェイ経済特別区(後)

(前編より)

 

地元住民が求めているもの

2013年12月、地元住民らはダウェイ民族党を結成し自らの運命を自らの手で動かすことに決めた。活動の一つとして、間もなく行われる11月8日の総選挙に州立法政府から候補者をたてている。

これに対し54歳の副会長であるMaung Maung Aye氏は次のように語った。

「産業は必要です。しかし私たちが必要としているのは衣料品や漁業のように環境を破壊しない産業です。もしこのような産業が開発されれば、何万もの地域の地元住民が、隣接するタイの衣料品や海産物産業で働く必要はなくなるのです。」と彼は語った。

氏の見解は与党の連邦団結発展党(USDP)と選挙で争うMyat Ko氏のものとさほど遠くない。「私はここが地元で、この場所の土地の問題を熟知しています。」と氏は事務所でのインタビューで語った。「私は常に地元の人々の側にたっています。これは雇用の問題です。タイではたくさんの就業のチャンスがありますが、ここでは全くないのです。」

Myat Ko氏は約10万から20万人がダウェイ地区からタイに労働にでていると見積もっている。この人々は訓練された労働力となりうる。ダウェイ経済特区(DSEZ)で中小企業(SME)を発展させることが彼らを呼びもどす第一歩だ。

 

将来は歩み寄りの中にある

開発されたものとしては小さい貯水池、採石場、そしてコンクリートの製造工場がプロジェクトの現場にある。現在企業はミャンマーよりもタイの人々を多く雇用しているが、取り決めでは雇用できる外国人は4人に1人と決められているため、状況は今後変化するとSuphap氏は言う。

現在タイの国境のPhu Nam Rongへ行き来するのに3-4時間かかり、138kmにおよびぎっちりと赤土が敷き詰められているタイへ向かう道路沿いに、光ファイバーケーブルを巡らせようとする計画もある。

そこからバンコクまではわずか2時間だ。ダウェイ経済特区(DSEZ)からバンコクまでは現在約7時間かかる。

Suphap氏によれば、Tanintharyi側の曲がりくねった山道が完成すればわずか4時間に短縮されると言う。

このプロジェクトを行う主な理由づけはこの近さであり、タイ湾からアンダマン海への近道を熱望していたタイが積極的に計画を推し進めてきた。これによりダウェイからガーンチャナブリーを通ってバンコク、さらにカンボジアのプノンペン、ベトナム南岸のホーチミン市とブンタウ、ベトナム中部沿岸のクイニョンを結ぶいわゆる大メコン圏経済回廊が完成する。

ただプロジェクトの複雑さや地元住民からの反対、投資家の関心も低いこともあいまって進展はさほどみられていない。

しかしながら日本政府が7月にダウェイのプロジェクトを支援すべくミャンマーとタイと500億米ドルの三国協定を締結し参加したことにより、状況は好転してきている。

200平方キロメートルのダウェイ経済特区(DSEZ)をサポートすべく、2億5000万トンの積荷を取り扱うことができるよう港を拡張することが計画の一部である。タイ首相のプラユット・チャンオチャ氏は、ダウェイが新しい「世界の流通センター」になりうると語った。

日本の安倍晋三首相はより慎重で、ダウェイ経済特区(DSEZ)は「日本とアセアン、日本とタイの間の経済関係を強化する機会を与えるでしょう。」と語った。

ダウェイ経済特区(DSEZ)のSuphap氏は楽天的だ。「皆が皆このプロジェクトに賛成しているわけではありません。調整の問題です。」と氏は語った。

氏によれば、もはや石炭火力発電所は計画には無く、イタリア-タイ開発(ITD)は天然ガスでダウェイ経済特区(DSEZ)に電力を供給するという。先月イタリア-タイ開発(ITD)はダウェイ経済特区(DSEZ)に液化天然ガス(LNG)施設を建設すべくロイヤル・ダッチ・シェル社と合意書に署名した。

「我々の利権協定によれば、イタリア-タイ開発(ITD)は今後2,3年で7万の雇用を創出しなければなりません。」と氏は言う。

「2年間で7平方キロメートルの面積が準備できます、進展はしています。」と氏は語る。「一番需要なのは中小企業であって、重工業や深海港の建設は後でもかまわないのです。」

 

» 続きを読む

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2015年10月03日14:12

ミャンマー:タイとの国境におけるダウェイ経済特別区(前)

ミャンマーとタイの国境に位置するダウェイを経済特別区と工業団地にする大がかりな計画は地元住民の反対を受けている。

 

エンジニアであるSuphap Satthathum氏が、タイとの国境に位置するミャンマー最南端、タニンダーリ地方域の港町ダウェイ近くの大きな曲線をもつ海岸を通り、熱帯低木林のジャングルに足を踏み入れてから、すでに8年もの長い歳月が流れた。

しかし今日では自社で建設した桟橋を通り、来訪者に27平方キロにおよぶダウェイ経済特区(DSEZ)の第1フェーズを案内しながら、新しい取り組みがあることを発見している。

出だしで躓いたり、根強い不信感があったにも関わらず、静かで孤立したアンダマンの沿岸をアジア最大の工業地帯に転換させようという大がかりな開発は、現場で見るとのほとんどはまだ開けた土地ではあるが、ようやく好転してきているかもしれない。

ダウェイ経済特区(DSEZ)は2008年にミャンマーとタイ両国間の覚書からうまれたもので、海外からの直接投資、雇用の創出と成長の促進を目的とした国内の三つの経済特区の一つである。

バンコクを拠点とするイタリア-タイ開発(ITD)はダウェイ経済特区(DSEZ)を開発する50年の特権を与えられ、プロジェクトの第1フェーズに着手している。

現地のイタリア-タイ開発(ITD)社では現場の大きな地図や空中写真が、草木のない土地に建つビルの大きなポスターに展示されている。現場のプロジェクト責任者であるSuphap氏は建設中の建物を自慢げに案内してくれた。やがて何千もの労働者の住宅となるはじめのいくつかだと言う。

第1フェーズがターゲットとしている業界は自動車部品、家具、家電、衣料品と皮革、缶詰工場、冷凍食品、薬剤やゴム加工である。イタリア-タイ開発(ITD)は投資家に対して土地を提供すべく提案しているが、合意に至った取引があるかどうかは不明だ。約束された雇用はまだ実現しておらず、まだまだ地元住民の支持を得なければならない状況である。

 

出だしから不安定

経済特区の問題の一つはその発端にある。非常に嫌われていた軍事政権時代に計画されたもので、軍事政権が今や半民間政府にとってかわられても、不信感という塊をぬぐいきれず、払いのけるのに奮闘してきた。

「決して実現しません。」タニンダーリ地方域の首都ダウェイで携帯電話と関連商品の店舗のオーナーであるEi Ei Myint氏(35歳)は言う。

「信頼の問題です。私たちは政府を信用していないし、彼らがこの種の産業育成に対処できるはずがありません。土地の押収や補償など、彼らが解決できていない問題はあまりに多いのです。」

地元住民を悩ませる課題は他にもある。ダウェイ内や周辺で行われた複数のインタビューで、東は何キロも続く自然のままの海岸、西は尾根に囲まれた緑豊かな田んぼや川の地元住民らは、大気や水の汚染を心配しているとのことだ。

彼らはイタリア-タイ開発(ITD)がタイから労働者を連れてきたことを快く思わず、外国の人々が元々保守的な地域社会に強欲さや悪習をもたらすのではないかという懸念を持っている。「ビジネスチャンスという意味においては前向きですが、社会的な問題という意味においてはマイナスです。」とEi Ei Myint氏は不安をあらわにした。

Myat Ko首相(chief minister)はインタビューのなかで、土地所有や補償の問題は複雑であることを認めた。プロジェクト開発者が、地元住民が何を必要としているかを十分に理解できていないという事実は全く役立っていない。

例えばダウェイ経済特区(DSEZ)のために土地が取得される地元住民のためにイタリア-タイ開発(ITD)が構築した移住先の村であるバワでは、新しい家は十分な大きさで頑丈にできているが、田んぼやカシューナッツの果樹園に囲まれた分散した村落のなかの、地元住民が慣れ親しんでいる空地が無い。ほとんどの家は空き家のままで、雑草に囲まれている。

プロジェクトへの反対運動は2010年に勢いを増し、その後タイのアピシット・ウェーチャチーワ首相がダウェイのプロジェクトについて、テレビで以下のように述べた。「いくつかの産業はタイに置くにはふさわしくない、だからそこに持ってくるのです。」

 

廃棄場

ミャンマー政府はミャンマーが公害産業の廃棄場となることをすばやく否定した。しかしながらアピシット氏のコメントは結果的にミャンマーに政治的な自由がもたらされるにつれて発言権が強まり、聴衆も増えつつある市民社会団体らに注意を促す結果となった。

地元の活動家はタイの活動家と接触し、タイへ視察旅行に訪れた。ダウェイ出身でMyanmar Knowledge Society代表のZaw Oo氏もそのうちの一人だ。

「ダウェイのプロジェクトは地元住民に関心のない軍事政権下ではじめられたものです。」Zaw Oo氏はインタビューのなかで語った。「環境影響評価を全くせず覚書に署名しました。私たちが若い人たちにプロジェクトを監視するよう組織化したら、それが市民社会活動に発展したのです。」

2009年、29の村が移転するはずだった。「新しい村の場所は存在しましたが、インフラは何もありませんでした。」と氏は語る。「村人たちは移転を拒否しました。」

しかしながらプロジェクトへの反対運動は微妙に異なる見解を持つ。「ダウェイの人々は深海港建設については賛成しています。」とZau Oo氏は説明した。「しかしダウェイ経済特区(DSEZ)に対しては様々な懸念を持っています。」

最も深刻な問題は石炭火力を動力とする2,000メガワットの工場、ダム、そして貯水池だ。石油化学の施設に関する別の計画も存在する。

これらの計画に対して懸念が生じている。環境影響評価を行っているバンコクのチュラロンコン大学の研究者らは、腹を立てた地元住民にダム現場から追い出された、と活動家らは語った。

 

(後編につづく)

» 続きを読む

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2015年10月03日11:12

ミャンマー:最初のラベル及びタグ工場が操業開始

ミャンマー縫製業協会(MGMA)のウェブサイトによると、香港に本社を置くBaolaixin Industry Developmentはミャンマー初の衣料品用ラベル及びタグ生産企業となった。

この工場はヤンゴンのShwe Pyi Thar地区にあり、国際的な基準の様々な転写ラベルやタグを生産することができる。

ミャンマー国内ではすでに縫製副資材や素材企業がハンガー、ダンボール箱、ポリエチレンバッグなどを製造しているが、Baolaixin社が衣料品用ラベル及びタグを製造する最初の企業となった。

ミャンマーは縫製業に必要なすべての原材料を輸入に頼っていたが、縫製産業の急激な成長とともに、状況は変化しつつある。

» 続きを読む

ミャンマー ジャンル:
最終更新:2015年10月01日14:02

このページのトップへ戻る